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待井小雨さん

待井久仁子というペンネームで「小説&まんが投稿屋」というサイトで、童話やホラーやよくわからない物語を投稿しています。 ご興味を持っていただけたら、よろしくお願い致します。

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紙の花束

19/03/18 コンテスト(テーマ):第166回 時空モノガタリ文学賞 【 おくりもの 】 ※時空作者による選考回 コメント:2件 待井小雨 閲覧数:200

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 買い物を頼まれて外に出ると、向かいのアパートの階段に女の子が座っていた。紙で何やら一生懸命折っている。小さな膝頭を合わせてちょこんと座っているのが可愛らしい。
「ね、何してるの?」
 女の子に視線を合わせて話しかける。幼稚園生ぐらいだろうか。女の子はびくっと顔を上げると、困ったように視線を彷徨わせた。警戒心を抱かせてしまったようだ。
「ごめんね、知らない人から話しかけられたら怖いよね。お姉ちゃん、あの家に住んでるんだ。ナナっていうの。よろしくね?」
 自己紹介すると女の子は「ナナちゃん?」とおそるおそる呼んでくれた。
「あなたのお名前は? 何を折っていたのかな」
 チカちゃんだよ、と小さく言ってから、折っていたものを差し出す。
「お花作ってるの」
 そう言って折り紙の花を見せてくれる。
「わあ、すごいね。お花折れるんだ!」
「おりがみ得意だもん」
 得意げに笑ってくれる。緊張がほどけたのか、チカちゃんは私にお花の折り方を教えてくれた。チカちゃんが持っているのは新聞紙を正方形に切ったものだった。
「お母さんがくれたの。これならたくさん折ってもいいって」
 でもね、と声を落とす。
「これプレゼントだから、ほんとは色んな色が欲しかったんだ」
「誰にあげるの?」
「お父さんにあげるの。おしごとで疲れてるから、お花たくさんあげるの」
「そっか。――ねえ、ちょっと待ってて」
 あることを思い出して急いで自宅に戻る。母が「牛乳買ってきてくれたー?」と声をかけてきたが「忘れたー!」と適当に返して自室に入る。机の引き出しの奥から引っ張り出したものを持って再びチカちゃんの元に戻った。
「うわー、もう薄暗くなってる。待たせちゃってごめんね」
 チカちゃんは私の持つものを指差す。
「それなぁに?」
「お姉ちゃんが子供の頃に集めてた綺麗な色の折り紙コレクション。チカちゃんにあげる!」
 淡いパステルカラーの花も模様のあるお花も折れる。和柄の千代紙もあるから、なかなか凝った花になるに違いない。
「いいのっ?」
 うん、と頷く。もうお家に入らないと、とチカちゃんを立ち上がらせた。
 その、ほんの数瞬に目に飛び込んだもの。
「えっ――?」
 私のその声にチカちゃんがびくりと体を強張らせて振り返った。チカちゃん、それ――と口に出そうとした時、チカちゃんを呼ぶ母親らしき人の声が聞こえた。
 またね、と言う間もなくチカちゃんは慌ててアパートの一室に駆け込んでいった。
 そのまま立ち尽くし、気付けば日が沈んでいた。ほんの一瞬見た「あれ」だけでは確信が持てず、不安な気持ちばかりが忍び寄る。
 ……次に会う時には折り紙の本を上げよう。動物の折り方もたくさん載っている本。
 不安から目を背けるようにそんな予定を立てて、その夜は眠りについた。

 その深夜。
 向かいのアパートで火事が起きた。消防車や野次馬で騒然とする中、私は裸足で表に飛び出し、警官を捕まえては「女の子が」と繰り返した。「女の子がいるんです」「小さな子が」
 助かりましたか、助かったんですか――。
 ……気付けば朝になっていた。煤けた匂いの残る外に出て、燃え尽きたアパートを見る。近所の人が「ご主人が」「火を押し付けて」と話をしていた。のろのろ挨拶をすると、「おはよう」と返してまた会話に戻る。
「火元はあそこの」「可哀そうに。奥さんも娘さんも」
 ……。
 後に判明したのは、火事の原因はチカちゃんのお父さんだったということ。仕事で疲れて帰ってきたのにゴミが散らかっていた、そのゴミの中で折り紙で遊ぶ娘に激昂してタバコの火を押し付けた。何本も繰り返した内のどれかが火元となり燃え広がったのだ。
 虐待ではない、たまにそうしてきつめに躾けていた――と、一人だけ火事から逃げた男は言ったという。常態化していたことは明白だった。
「お花だよ」と、私は一人呟く。
 ゴミなんかじゃない、お父さんに渡したかった折り紙の花束。
 ……いったい何が、そんなに憎かったと言うの。
 日常に行われる「躾」に怯えながらそれでも父親を慕う小さな女の子の、何がそんなに憎かったのだ。次に振り向いた時こそ自分を抱きしめてくれるのではないかと期待して、「お父さんが好き」の気持ちを花束にして渡そうとしただけなのに。
 あの時チカちゃんの足に見えたのはやはり火傷の痕だったのかと今更になって確信を得ても、もう何もできやしない。
 あの時すぐに手を伸ばせていたなら。能天気に折り紙なんかを渡すより、もっとあの子にとっての救いをあげることができていたなら。……そんなことを考えても、もう遅い。
 悔しさに握りしめた手の中で、チカちゃんに習って作った花がぐしゃりと音を立てる。
 もろく弱いその花が、握りつぶされたあの子の願いのように思えて、私はたまらず呻き泣いた。


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このストーリーに関するコメント

19/04/09 滝沢朱音

綺麗な折り紙で花を折ることができたチカちゃんは、その瞬間までは、きっと幸せな気分でいたと信じたい…
そう信じたいけれど、おそらく現実はそうではなくて……切なくなりますね。
虐待のニュースを見かけるたびに、心の中で花をささげることしかできない自分の無力さがつらいです。いろいろと考えさせられました。

19/04/17 待井小雨

滝沢朱音様

お読みいただきありがとうございます。
父親を怖いと思う気持ちとそれでも大好きだと慕う気持ちは、小さな子の中では同時に存在すると思います。
父親を想って折り紙を折っている間はきっと幸せだったと、そう願っていただけてありがとうございます。
ほんの少しの引っ掛りでもいいから、虐待にあう子供たちのサインを見逃さずに助けの手を伸べられれば良いのですが、現実ではそのサインを見逃されて被害にあう子供たちはたくさんいるのでしょうね……

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