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R・ヒラサワさん

過去の投稿作品の創作プロセスを公開しています。 【 R・ヒラサワの〜Novelist‘s brain〜 】 https://rhirasawanb.hatenablog.com/

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帰れない

19/03/18 コンテスト(テーマ):第167回 時空モノガタリ文学賞 【 実家 】 コメント:0件 R・ヒラサワ 閲覧数:113

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「両親はもう居ないの」
 初めてケンイチに会った時、ミサキはそう話した。
 本当の事は客であるケンイチには勿論の事、周囲の誰にも伝えていない。夜の世界に生きていれば不思議な事ではなかった。
 高校生の頃、ある時期を境に両親と不仲になり、卒業を待たずして家出した。
 ミサキが住んでいたのは、他人にプライベートが簡単に知れ渡る様な小さな町だった。
 家出する前には、『不良』や『非行』などと呼ばれる行為は一通りやった。
 その後すぐに都会に出て色んな仕事をやってみたが、自分には夜の仕事が一番合っていた。
 今の仕事は五年になる。出会いの様な事は一度だけあって、偶然にも同じ様な境遇で育った男性と同棲したが、半年ほどで別れた。
 ケンイチが初めて店に来たのは、会社の同僚と一緒だった。あまり慣れていない様子が新鮮で印象深かった。
 それから数日後、ミサキ目当てでケンイチが来店した。一人だったのは意外だったが嬉しかった。その後は度々来店する特別な客になった。 
 ケンイチから何度か食事誘われ、外で会うようになった。ミサキはケンイチと話していると、とても楽しかった。ケンイチは真面目で純粋な人だ。二人の気持ちは既に恋人同士だったが、その関係はまだ深くなかった。
「ミサキちゃん。僕は君の事を真剣に考えているんだ」
「ええ、それはとても嬉しいわ。でも私達は、まだ……」
「ああ、そういう話? 僕は君の事をとても大事に思ってるから、そんな事は結婚してからでいいと思うし」
「結婚? それはもっと早いわ。だって私達まだ知らない事も多いし。それに……。結婚なんて、乗り越えないといけない大きな壁があるわ」
 ケンイチはその言葉を聞きながら、ミサキの目をじっと見つめて言った。
「じゃあ、先ずは君の両親に会いたい」
「え? 両親はもう居ないって……」
「ちゃんと居るんだろ? 本当は。さっき壁があるって言ったじゃないか」
「ああ、それは……」
 真っ直ぐなケンイチの目には、全て見透かされているような気がした。嘘はつけない。本当の事を話すべきかと少し迷った。
「ごめんなさい。両親はちゃんと居るの。でも、すごく田舎の町だから」
「そんなの気にしなくていいよ。とにかく会ってみたいんだ」
「分かったわ。近々実家に連絡してみる」
 ケンイチの熱意にミサキの心が動いた。
 何年間も音信不通だった自分を、母は受け入れてくれるのか。父はどうなのか。考えれば気は重くなる一方だった。
「僕だって長らく電話しなかったけど、親なんて声を聞けば、嬉しくなるもんだよ」
「そうかしら……」
 ケンイチの言葉に強く後押しされる形でミサキは実家に電話した。
「ああ、母さん……」
 ミサキの予想に反して、母の反応はとても良かった。
「ごめんね、母さん」
「いいのよ、謝ったりしなくって」
 電話の向こうで喜ぶ母の顔が目に浮かんだ。やはり会いに行こうとミサキは思った。父は不在だった。母から上手く話してもらった方が良さそうだ。
 長い期間、連絡出来なかった訳を一つずつ話していった。母は『うんうん』と、優しい声で応じてくれた。そして全てを受け入れてくれた。ケンイチの事を話すと、少し驚いていたけど、しばらく後に『わかった』と返事した。先ずは両親と会おう。ケンイチの事はそれからだ。
 以前の同棲相手は境遇が同じだったが、ケンイチは若い時代を普通に生きてきた人だ。ミサキを受け入れられるだろうか。一緒に暮らせるなら理想的な話だが。
 数日後、ミサキは休みを取って実家に帰った。すっかり変わった自分に母は少し戸惑った様子だった。
「あら、キレイになったわね……」
 父は今日も不在だと言うが、実は会いたくないのだと思う。
「あの部屋はあなたが出て行った時のままにしてあるの。もちろん掃除はちゃんとしてるけどね」
 母に促されて自分の居た部屋へと向かった。
「部屋の中って何も変わってないの?」
「そう言えば……。写真が一枚増えてるわね。近所の写真屋さんに頼んで、あなたが写ってるのを大きく伸ばしてもらったの。机の上に飾ってあるわ」
 かつてミサキが学生時代を過ごした部屋に入ると、母が言ったように直ぐに目に付く場所に写真が飾ってあった。高校の入学式の後、学校の近くで母が撮ったものだ。この頃はまだ両親との仲がそれほど悪くなる前だ。ちょっとした事がきっかけで、徐々にミサキの生活は乱れ、ついには家を出る事になった。
 部屋のドアには大きなキズが残っている。あれはミサキが怒って物を投げつけた跡だ。両親もこの家もミサキの全てを知っている。ここに来れば全ての過去を知られてしまうのだ。
 やはりケンイチを連れてここには帰れない。ミサキはもう一度、母が飾った高校生の頃の写真を見た。
 そこには学生服を着た、かつて男子高校生だった頃の自分が居た。


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