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入江弥彦さん

少年と夏と水中と工場と音楽、それから少年。 Twitter:@ir__yahiko

性別 女性
将来の夢 セーラー服の女児
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世界からの贈り物が消えた日

19/03/18 コンテスト(テーマ):第166回 時空モノガタリ文学賞 【 おくりもの 】 ※時空作者による選考回 コメント:1件 入江弥彦 閲覧数:407

時空モノガタリからの選評

(審査員A)
「僕の居場所」という概念を、ボロという野良犬の存在と重ね合わせ、丁寧に描いた作品。さびれた団地という舞台との相乗効果もあり、クラスで「ボロ雑巾」と呼ばれる主人公の寂しさややるせなさ、結末の不条理さをひしひしと感じました。なお、「恵まれない僕への贈り物」であるボロが野良犬であることや、主人公とどんな出会い方をしたのか等が、序盤でもう少しはっきりと語られていると、読者はより感情移入しやすかったのではないかと思います。

(審査員B)
良かった点:主人公の無力感と優しさの混ざった抑揚のない日々が独特な世界観を作っていると思う。
気になる点:主人公が贈り物と感じていた犬によって救われた描写があると、読後に「おくりもの」をイメージできると思う。例えば2段落目の2行目の最後「あげたっていい(かもしれない)」の部分、ボロに対する感情が()部分によってトーンダウンしている。これによってリズム感が崩れ、主人公は題名ほどボロを思っていないと読者に感じさせていると思う。お父さんの個性が描かれている割には活かされていないなど、1行だけ切り出すと面白いものの全体では散らかって見えてしまうと感じた。

(審査員C)
野良犬のボロを唯一の友達にしている少年のお話というと、心温まるものがありますね。彼を取り巻く状況は穏やかではないものの、過保護な親に頼らない自立心の萌芽も感じられます。ボロの存在は、少年の隠しておきたい内的世界そのものかもしれません。結末に対して自分なりの答えを見つけるのは、少し時間がかかるでしょう。その時には周囲と違った関係を築く力が育っているはずです。
素晴らしい作品だけに誤字が残念ですね。変換ミスは特に悩ましいものですが、文字を大きくするかプリントアウトしてチェックすると防ぎやすいです。

(審査員D)
良かった点:かなり筆力があると思いました。情景が頭の中にスムーズに浮かんできて、すぐに物語に入っていくことができました。途中で疑問に思ったり、引っかかりを感じることもありませんでした。
こうすると良くなると思う点:とても完成度の高い作品だと思いましたが、テーマ性が少し、他の作品と比べると薄いと感じました。物語はこのままでも、もう少し「おくりもの」を強調できるのではないかなと思いました。

(審査員E)
自分と同じような境遇の野良犬ボロとの出会いを世界からの贈り物と考えていた主人公。たった一人の友達だったボロを大切にしていた主人公の思いや、中盤の不穏な空気、ラストではボロ失った主人公の叫びなどが、リアリティを持ってひしひしと読者に伝わる作品である。虐められていた主人公と贈り物という組み合わせは発想としては起こりやすいが、ラストであくまでもボロを欠いた主人公を主軸に置いたところが良かった。ただ、一部誤字があるのが惜しい。

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 夕暮れ時はこのさびれた団地にも人が多くなって、僕の居場所が極端に狭くなるようだった。
 買い物袋を持ったおばさんや、くたびれた様子のサラリーマン、泥だらけの服を着た同い年くらいの男の子、それぞれが誰かの待つ家に帰る中、僕は決して手触りがいいとは言えないボロの背中を撫でていた。
 嬉しそうに尻尾を振ったボロがすんすんと鼻を鳴らして僕の手を舐める。ボロというのは、僕がつけた名前だった。首輪をしていなくて、毛並みは汚くて、いつもお腹を空かしている様子はボロ雑巾のようだったからだ。この、ボロ雑巾というのは、僕とお揃いだったりする。
「僕もそろそろ帰るね、また明日」
 ランドセルを背負って立ち上がる。ボロはいい子だから、僕がそう言って離れると後を追いかけたりして来ないし、泣きわめいたりもしない。一人で家にいることにどうしようもない虚しさを感じてしまう僕の、唯一の友達がボロだった。
 きっとボロは、恵まれない僕への世界からの送りものだ。
 周りに注意して、家の鍵を開ける。少しだけ開いたドアに体を滑り込ませて、急いで戸締りをする。これはお父さんとの約束だった。危ない人は隠れていて突然一緒に家に入ってくると聞いていたけれど、今のところそんな経験はない。正直半信半疑だが、仕事から帰ってきたお父さんが最初に見つけるのが僕の死体だったらそれは可哀想だと思ったから、言いつけはしっかり守っていた。
 ぐぅと小さくなるお腹を押さえて冷蔵庫を漁る。魚肉ソーセージを数本ランドセルの中に入れて部屋に戻った。
 テレビを見て時間を潰していると、お父さんが帰ってきて僕を抱きしめた。
「お待たせ宗太。お腹すいたろ? すぐ温めるからな!」
 手首に下げていたコンビニ袋から取り出したお弁当を、お父さんが電子レンジに入れた。それくらいなら僕一人でもできるのに、お父さんは許してくれなかった。食事は一緒にとるというのが、お父さんの決めた我が家のルールだ。お母さんがいなくて寂しい思いをさせているからという精一杯の配慮のようだけれど、正直空腹のほうが大きかった。
「そういえば、この辺りに犬がいるらしい」
「犬?」
 ハンバーグを口に頬張りながら、お父さんが無間にしわを寄せた。
「ああ、帰り際に隣の奥さんに会ってなあ、昼間うろついてて困ってるらしい」
「そうなんだ……」
「気をつけろよ、野良犬に噛まれたりしたら大変だ」
 ボロは噛んだりしないよ。そう言いたかったけれど、お父さんの表情を見ていると、きっとこれは黙っていなければいけないものなのだとわかった。



 クラスメイトは、僕のことをボロ雑巾と呼んでいる。着ている服がいつも同じだからとか、家が貧乏だからとか、色々理由はあるかもしれないけど、目的は憂さ晴らしだろう。授業は特に何も考えなくていいから好きだった。しかし、休み時間はそうもいかない。一人で過ごす時間というのは意外と長くて、ここにボロがいてくれたらどんなにいいだろうと毎日考えた。
 僕にボロという友達をくれた神さまに会ったら、良くお礼を言おうと思っているくらいだ。今年の夏に集めたセミの抜け殻を全部あげたっていいかもしれない。
 その日も、確かランドセルにたくさんのゴミを入れられていたと思う。
 放課後は少し早歩きで帰った。団地の間を抜けて、いつものようにボロを探す。ボロは大抵、草の影とか階段の下とかそういう人に見つかりにくい場所にいて、僕が通りかかると小さくクゥンと鳴く。その声を聞き逃さないように慎重に団地中を歩く。
「ボロ……?」
「あら、宗太くん? 何か探し物?」
 僕の声に反応したのは、犬ではなくおばさんだった。お父さんと仲の良い、隣の奥さんだ。時々家に来ていることもあるから、団地の中で一番僕に近い女の人かもしれない。
「ええと、なにも」
「ならいいんだけど、気を付けて遊ぶのよ」
「あ、ありがとう!」
 僕がおばさんから逃げるように、一度家に帰ると少しご機嫌なお父さんがいた。
「ただいま」
「おう、おかえり!」
「今日お休みだったんだ」
 僕の問いかけにまあなと答えるお父さんの脇をすり抜けてランドセルを置く。ふと、机の上にあったメモに目が留まった。学校で、よく見る文字だ。
「お父さん、これは?」
「ん? あ、もう必要ないな。無事に捕まったみたいだし」
 保健室、じゃない。室じゃなくて、所。テレビで見たことがある、ええと、そう。
「……っ! 行ってきます!」
 お父さんの制止を振り切って家を出て、階段を駆け下りる。一段飛ばしも怖くなかった。太陽はもうずいぶん下のほうにあるけれど、僕の居場所は狭くなるどころか見つからない。
「ボロ! ボロ、どこにいるの!」
 僕の声は父が僕を抱き上げるまで団地中に響いていたのに、返事は聞こえてこなかった。


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このストーリーに関するコメント

19/03/18 ダイナマイト・キッド

ボロ雑巾同志の友情、って、ある日突然こんな風に理不尽に消えてなくなったりするんですよね。
普通に生きててもボロ雑巾みたいに扱われたり、自分はボロ雑巾なんじゃないか、って被害妄想に怯えて生きているだけなのに。
そんな気持ちや心の色を、団地や学校から浮き彫りにしたような作品だと感じました。

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