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入江弥彦さん

少年と夏と水中と工場と音楽、それから少年。 Twitter:@ir__yahiko

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将来の夢 セーラー服の女児
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虫食いだらけの世界で僕はひとり砂を踏む

19/03/18 コンテスト(テーマ):第166回 時空モノガタリ文学賞 【 おくりもの 】 ※時空作者による選考回 コメント:2件 入江弥彦 閲覧数:413

時空モノガタリからの選評

評価点合計74点 ※審査員5名の各持ち点は20。満点は100となります。

(審査員A)
人間や動物にバグが出現し、砂のように体が崩れていくというSF的な世界。冒頭の「僕らの世界は、バグに侵食されている」という文章が、とても印象的でした。主人公の名前を「ニゴウ」としたのは、結末に通じる伏線だったのでしょうか。素敵な作品だと思いました。もし改善点を挙げるとしたら、結末で明かされる親との関係性などもからめ、もう少し「おくりもの」というテーマに寄せて書いた箇所が前半にあれば、よりわかりやすかったかもしれません。

(審査員B)
良かった点:ニゴウに思いを寄せる事がないチナホと、砂になってしまうリョウスケとチナホの両想いが、ニゴウを容赦なく冷たい存在にしている。このストーリー軸と、ニゴウの生い立ちを軸にした話が交叉しながら進む世界が興味深かった。
気になる点:砂の瓶がチナホに贈られている事でテーマになっていると思いますが、主人公を僕にする事で、実は砂にならないロボット?でした。の話がメインになっている。焦点がぼけ「おくりもの」のイメージが隠れてしまった印象を受けました。14行目でバグについて「人間や動物に」と言及しているが、最後に「人間にのみ」となり、矛盾を生じている。若しくは、意図的な矛盾なら活かされていない。と思う。

(審査員C)
人が流行病によって死んでゆく、そこにSF要素を足した独特の世界観に惹かれました。少年少女の三角関係が、「バグ」が入り込むことで壊れていく。死は悲しくともその先にも幸福があるという、人間の抱える矛盾した価値観について考えてしまいます。死をめぐる思春期らしい人間模様は鮮烈な印象を与え、それだけに主人公の取った行動と真相に驚きました。新たな展開を予感させ、混沌とした物語に奥行きを与えることに成功していると思います。
砂は「猫かもしれない」としながら、「人間のみ」にバグが生じるとも書かれており、そこが惜しいですね。話の辻褄が合うかどうか、推敲で改めて見直すといいでしょう。

(審査員D)
良かった点:「地平線」「砂漠」という一見、日本ではないのかなと思わせるワードから、そのすぐ後の「校庭」で物語の情景をふっと浮びあがらせる手腕が素晴らしいと思いました。また、最後で「砂」に繋げているところも良いです。構成力が見事だなと感じました。独特の切ない読後感が魅力の作品だと思いました。
こうすると良くなると思う点:とても面白かったです。こちらも、テーマ性に少し物足りなさを感じるのですが、他の部分が優れているだけに余計に残念に思いました。

(審査員E)
人物にバグが起こる世界という独特の世界観に読者を惹き込む、センスが光る作品である。まず、タイトルからして強烈なインパクトがある。想いを寄せる女性と愛し合っていた男子が自分と彼女に死んで残したプレゼントに対する、主人公の気持ちが最後になって明かされる。そこまで来てようやく「ひとり砂を踏む」の意味が分かるようになっている構成が上手い。読者に疑問を残すラストの展開も印象的である。誤字や整合性のとれていない記述が散見され、その点だけが勿体なく感じた。

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 僕らの世界は、バグに侵食されている。
「リョウスケにバグがでたんだって」
 まるで明日の天気や、遠い異国の話でもするようにチナホが言った。頬杖をついて見つめる窓の先には砂漠が広がっている。地平線の端が明滅を繰り返していた。校庭というには広すぎる砂のなかでサッカーをしているクラスメイトが転ぶのが見える。
「バグって、あのバグ?」
「それ以外になにがあるのよ」
 冷静に、少し声を落として尋ねるとチナホは大人の女性みたいに肩をすくめて見せる。中学生の彼女には不釣り合いな仕草に見えたけれど、好きな人の仕草としてみてみるとこれ以上なく魅力的なのだから不思議だ。
「でも、それじゃあリョウスケは……」
「砂になっちゃうね」
「それは、その、彼女としては、えっと、辛くない?」
 必死にチナホを傷つけないように言葉を選んだつもりだったが、彼女は少し眉間にしわを寄せた。
「出ちゃったものはしょうがないでしょ」
 投げやりな返事を聞いて、チナホがどこか他人事のようにものをいう理由がわかった。彼女は大切な人を失う悲しみを表現する方法を持ち合わせていないのだ。
 世界に初めてバグが現れたのは、今から半世紀ほど前のことだった。人間の体や動物に長方形の亀裂が走って明滅する様子は、ゲームに詳しくない人が見てもバグと名付けるだろう。正式な名称があって、昔にずいぶんしつこく教えられたけれど、僕の記憶能力に問題があるのかもう覚えていない。
 バグが現れると数日から数か月で体が崩れていく。厳密に言うと砂ではないのだろうが、僕らはそれを砂と呼んでいた。窓の外に広がる砂漠もどこかの誰かだったものだ。昔の担任の先生かもしれないし、みんなで可愛がっていた猫かもしれない。
「今からリョウスケんとこ行くんだけど、ニゴウも来る?」
「……僕は遠慮しとくよ。よろしく伝えておいて」
「そう? じゃあ先に帰るね!」
 素直に行くと言えなかったのは、少しだけ、ほんの少しだけラッキーだと思ってしまったからだ。
 リョウスケが砂になったのは、それから三日後だった。バグの進行としてはかなり早いほうで、僕にできることと言えば声をあげて泣くチナホの背中をさすることくらいだ。
「これ、リョウスケが私とニゴウにって。手紙に書いてあって……」
 一通り泣いた後、少し落ち着いたチナホがそう言ってポケットから取り出したのは、砂の入った二つの瓶だった。家族の誰かか、もしくはチナホが詰めたのだろう。
「これが、リョウスケ?」
「もうすぐ誕生日だったんだよ、私」
 彼女の表情が肯定の証だった。泣いているとも、笑っているともとれる、いいようのない感情が混ざった顔だ。
 僕とチナホの手の中にある最期のプレゼントは、まるで呪いのように思えた。チナホに手を出すな、俺のことを忘れるな、ずっとそばにいる、そんな呪いだ。
「ねえ、ニゴウ。私がもし砂になったらさ、リョウスケと混ぜてよ」
「え?」
 それは、僕にとって死刑宣告にも似た言葉だった。
「もう少し大きい瓶でさ、同じくらいの量の私を混ぜてほしい。あ、白いリボンで蓋をしてほしいな、ほら、昔って女の子は白い服で愛を誓ったっていうじゃない?」
 名案だというようにチナホが手を叩く。
「なんで僕に頼むのさ」
「だって、ニゴウにはバグがでないでしょ?」
「わかんないよ、そんなの」
「でるとしても、きっと私のほうが先だもの。ねえ、約束して?」
「……約束するよ」
 チナホが瓶をカバンにしまってから、俺の返事に満足したように頷いた。


 彼女の目を盗んで鞄から瓶を取り出した。特に緊張することなく男子トイレに逃げ込み、瓶全体を眺める。油性ペンで書かれた愛の言葉だけが、僕の瓶との違いだった。
 チナホはいつ、この瓶がなくなったことに気が付くだろうか。血相を変えて僕に泣きついてくるかもしれない。そうしたら僕は、僕ならいなくならないよと言ってあげよう。誕生日だって、僕なら毎年何かを送ってあげられる。
 授業が始まって人気がなくなった廊下を進み、昇降口を出る。
 二つの瓶の蓋を開けてひっくり返すと、リョウスケだったものはすぐに他の砂に紛れてわからなくなった。
 バグは、人間にのみ生じるらしい。
 僕を作った親は、その最初の犠牲者だった。


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このストーリーに関するコメント

19/03/18 ダイナマイト・キッド

凄い、砂と人と世界と愛する女の子と、その誰からも置いてけぼりを食らう主人公の正体が最後に明かされる。けど、自分の好きな女の子が他の男が好きだったことがある人は、みんなこんな砂漠みたいな気分で過ごしていたと思う。

19/03/21 クナリ

素晴らしい作品でした。
独特の情景、冒頭の「校庭」の一言でそれを一気に身近にする構成、そして「ん?」という引っ掛かりを最後の最後で昇華するラストシーン。
作中での様々な思いの錯綜が、これから続く未来の茫洋さを際立たせていますね……。

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