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繭虫さん

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贈り者

19/03/17 コンテスト(テーマ):第166回 時空モノガタリ文学賞 【 おくりもの 】 ※時空作者による選考回 コメント:1件 繭虫 閲覧数:121

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与えられたなら、返さなければならないような気がしてしまうのが難儀だ。

天井裏にそっと、餌を差し出す暖かな表情に、与えられ続ける『生』に、私はいつしか報いなければならないような気持ちになる。

――私の生まれた村はひどく飢えていた。度重なる飢饉、日照りで食うものがない。親も失くして、さまよって。
生きるためにずいぶん無茶もしたものだが、そんな元気もとうとうなくし、小さな体でどこぞの天井裏に潜り込んだ頃
、私は衰弱しきっていた。

そんな私に勘付いたのは、この真下の座敷牢に住まう少年だった。彼は私を介抱し、以来、こっそり飼うようになった。

「餌の時間だぞ。どれ、届くかな。」

――少年の名前は、『千寿丸』といった。
小さな村には似つかわしくない、ずいぶん大層な名前を与えられたものだと思った。そして、その大層な名前に似合う尊大な態度で、彼は私を『イヌ』と名付けた。
「おれは、犬を飼ってみたいと思っていたのだ。皆には内緒だぞ。」と、美しく笑って。

その理不尽な優しさと横暴さは、あまりにも浮き世離れしていて、貧乏人しか知らない私にとっては神様のように見えた。

実際、千寿丸は村の人達から神様のように扱われているらしい。

座敷牢には頻繁に世話係のような者がやって来る。
食べ物や身の回りの世話は彼らに全て任せているようだ。昼も夜も豪華絢爛な衣装を纏い、笛を吹いたり舞を踊ったりする。それを有り難そうに拝みにくる者もいる。

「おれは、特別な存在なのだ。」と、千寿丸は話してくれた。何が特別なのかはよく分からないが、生まれた時からこの座敷牢でこんな風に『飼われて』いるらしい。

「おれは幸せ者だ。特別な身の上のおかげで、村の皆の役に立っている。皆がおれを慕い、優しくしてくれる。」

私を撫でながらそう語る千寿丸の瞳は、どこか翳りがあった。

「おれは、皆の憂いを晴らさねばならない。だから、お前。おれの憂いはお前が晴らしてくれ。おれを癒すためにお前は天から遣わされたのだろう?これはお前の使命なのだ。」

そう命じられ、私はコソコソと座敷牢に下ろされては千寿丸と戯れた。
『なるほど、人の役に立つとはこういうことか』と、千寿丸の笑顔に触れて気付かされた。
しかし、ひとしきり奉仕しても、どれだけ無邪気に笑っても、千寿丸はいつも最後に「あぁ、そういえば今日も雨は降らなかった。」と、暗い声で呟いて眠る。
それが、彼にとってどれほど大変なことなのかは私にはよく分からなかったが、私の力では彼の心を晴らすことは叶わないようで、歯痒かった。

――その次の朝、千寿丸は何か大きな石のようなものに横たえられていた。
傍には花々や果物が添えられているが、千寿丸は生きている。

小さな座敷牢にはたくさんの村人がひしめきあっていた。読経や祈りの太鼓の音で目を覚ました私は、天井裏から様子を伺うことしかできない。

横たわる千寿丸と視線が交わった。
その瞳は、恐怖に揺れている。

私は、一瞬で悟った。

今から何が始まろうとしているのか。

今まで、彼がしてきた事は、全てこの為だったのだ。

今まで人々が皆、彼に優しかったのもこの為だったのだ。

――生け贄だ。千寿丸は、生け贄だ。
千寿丸は、生まれた時から天への捧げ物となるべく育てられていたのだ。

その事実が、たまらなく苦しかった。

彼は、もっと苦しいはずだ。自分の身体が切り刻まれる前に、悲しみで魂が引き裂かれるような日をどれほど過ごしたことだろう。

――祈りの太鼓が止み、千寿丸に向かって刃が振り上げられた瞬間、気付けば体が動いていた。

報いるのならば、『今』だと――

「なんだこやつは!!」

「何処に紛れ込んでおったのだ、この小童!!」

耳に飛び込む動揺の声に、返事をしてやる余裕もない。
私は何やら叫びながら、ただ貧しかった頃、生きるためにそうしたように、懐刀を振り回したり、組み付いて喉に噛みついたり、とにかく必死だった。

「イヌ!!」

千寿丸が私を呼ぶ。

私が咄嗟に伸ばした手を、千寿丸は確かに掴んだ。

座敷牢を飛び出し、千寿丸の手を引いて、がむしゃらに走った。

――これから生きていけるだろうか。飼われて命を繋げていた私たちが――

不安に襲われ、足がもつれそうになる。

途中で、不意に頬が濡れた。

拭っても拭っても、濡れる。

「雨だ!イヌ!!天からの、贈り物だ!おれたちの自由への餞だ!!」

千寿丸が叫んで初めて、私はそれが『雨』だということに気が付いた。



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このストーリーに関するコメント

19/04/09 滝沢朱音

冒頭の一文に続き、主人公たちが置かれている設定に、まず強烈に惹きつけられました。
千寿丸が雨乞いの人身御供であることが明かされたあとの展開、『飼われていた』私たちが走り出し、雨が降り出す瞬間のあざやかさ。疾走感のある物語で、とても面白かったです。

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