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クナリさん

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性別
将来の夢 絵本作家
座右の銘 明日の自分がきっとがんばる。

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二人の嘘

13/01/28 コンテスト(テーマ):第二十四回 時空モノガタリ文学賞【 受験 】 コメント:3件 クナリ 閲覧数:2156

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大学受験の結果発表を見た帰りに寄った自分の学校で、薄暗い教室の中、私は自分の副担任だった先生と二人で向かい合っていた。

授業の無い日の学校は、見慣れているはずの教室でも、どこか異質な感じがした。
無菌室の中みたいに、生命感の無い空間。傾いた太陽が照らす、弱光に切り取られた光景。
目の前の先生もどこか、現実離れして見えた。
先生は二十代半ばのはずだけど、その年齢よりも落ち着きを感じさせる人で、よく生徒から頼られており、人気があった。
今はその整った顔を、曇らせて黙っている。
努めて明るい声を出すようにして、私の方から沈黙を破った。
「受かってました。ケーキ屋さんででもアルバイトしながら、キャンパスライフを謳歌しますよ。先生のおかげです」
「おめでとう。でも、」
周囲は、人の声も風の音もしない静寂に包まれている。
先生との最後の会話は、あまりにも静かな中で始まった。
「僕は君に、何もしてやれなかった」
そんなことはないですよ、恋人にはなってくれなかったけど、と心の中で呟く。
「あの男と決別したのも、君自身の力だ」
「私は、先生がいてくれたから何とか乗り越えられたと思ってます」
「君に何と言われても、僕は応えるべきじゃなかった」
先生のアパートのすぐ外で夜中に待ち伏せし、帰宅して来た彼に、お願いだから一度だけ抱いて欲しいと泣き喚いてすがった日のことを思い出す。
あの時は、他人どころか自分の体さえも極端な恐怖と嫌悪の対象になりかけていて、出来ることなら全身の肌を自分の手で引き裂いてしまいたいとさえ思った。
それまでにも散々相談に乗ってもらっていた時の様子から、事情を知っているこの人なら、壊れてしまいそうな自分をさらけ出せば必ず私を受け入れてくれるという打算もあった。
「あの時先生が相手にしてくれなかったら、私どうなってたか解らないですよ。ちょっと、おかしくなってたから。
今でも怖いんです。それは、あの人がってことじゃなくて。
普通は好きだから体を重ねたいと思うんですよね。でも私はただ慰めて欲しかったり、誰かを手に入れる為に体を使う様なことしかして来なかった気がして。汚いなって。
それって、自分には何の価値も無いと思ってたからなんですよね。
それは、正直今もあまり変わってなくて。もう二度と、誰かと抱き合いたいなんて思えないかもしれない」
あなた以外には、とは口に出さなかった。
「君が悪いことなんて何もない。全て、あいつと僕のせいだ」
先生の表情が悲痛に歪んだ。私は、自分には彼を傷つけることしか出来ないことを改めて悟った。
意を決して、告げる。
「本当は私、先生のことなんて好きじゃなかったんですよ。振られたから言うわけじゃないですけど、あれは嘘です。助けてくれそうな人なら、誰でも良かったんです」
不自然にならない様に言って、顔を上げると、先生がまっすぐに私を見ていたので、鼓動が一度高なった。
「あの頃の、呼吸をするだけで傷ついていく様な君を、黙って見てなんていられなかった。
だから僕は、他の生徒よりも君との時間をずっと長く過ごした。おかげで、今君が嘘をついたことも解る。ありがとう。ごめん」
この人は、どこまで私の心を汲んでくれるのだろう。涙が溢れて止められなくなった。
「先生、先生は、私のこと、好きですか」
先生は、そっと目を伏せた。それが私に申し訳ないと思っているせいなのか、他の理由なのかは解らなかった。
「……恋愛感情ではないけど、とても大切に思っている」
「どのくらいですか」
「僕の人生において、君の代りは誰にも務まらない、と思えるくらいだ」
私は両手で顔を覆った。報われた、と思った。
「私はやっぱり、先生が先生で、良かったです」
これで言いたかったことは、全て言った。
「帰ります。さようなら、ユウトさん」
最後に、初めて先生を、下の名前で呼んだ。 そして彼も、
「さようなら。ユイ」
私を初めて下の名前で呼んだ。
声の響きは、無機質の教室の中で、ひたすらに暖かかった。

教室から出て、昇降口へ向かった。涙は流れるに任せていた。
子供から大人に変わろうとする中で、同時に、誰かの特別な存在になろうともがいていた季節が終わろうとしている。
人から見れば無意味なものにしがみつく様にして作り上げて来た、暗闇の様な思い出がいくつもある。昔は正しいと信じて疑わなかった自分の感情なのに、今それらの記憶に絡みつかれると、うずくまって、一歩も歩き出したくなくなることもある。
でもそんな時に私の手をそっと取ってくれる様な、陽だまりの様な思い出も、その季節が与えてくれた。
だからきっと、私は笑ってこの校舎を出られるのだろう。

夕暮れの中、学校は休みだというのに、下校時刻を告げる鐘が鳴り響いた。
その日の空が美しかったことを覚えている。


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このストーリーに関するコメント

13/01/29 そらの珊瑚

クナリさん、拝読しました。

身体は大人になっても、心が大人になるまでは時間がかかるのかも
しれません。こんなにも切ない経験をしながら……。
「二人の嘘」ということは先生もまた嘘をついていたのですね。
ちりばめられた詩的な描写もとても良かったです。

13/01/29 草愛やし美

クナリさん、拝読しました。

とても、2000文字の掌編とは思えない熱のこもった作品ですね。

若い時代とは、苦悩と悔恨とそして、切ない優しさに満ちている……そんなものなのでしょう。

ユトウさんの、優しさはユイさんに大人への道を歩ませていくんですね。とても素敵な終わり方でした。

13/01/31 クナリ

そらの珊瑚さん>
本当、思春期というのは誰しも厄介なものですよね。
憧れや失敗を繰り返して、傷ついて、結局どんな大人になるかは自分しだいという。
大人になっても、「あーなんか自分の情緒は中学生のときから進歩無いなー」と思うことが多々ありますし。
はい、恋愛感情ではないというのが真っ赤なうそであります!<先生
なるべくきれいな文章を書こうとはしているんですけど、詩的というのはかなりうれしいです。ありがとうございます。

草藍さん>
ほとんど場面転換が無く二人の会話のみなので、バックストーリーや第三者を少しほのめかしつつも、そうなのです、何より会話を熱く展開させたかったのです。うまく言っていればうれしいです。
若いというか幼いというか、中高生あたりの思い出は良くも悪くも後々まで尾を引きますよね。
自分は、切ない優しさなどという意味あるものを周囲にもたらすことができていたのだろうか、と思うと……自信なしです(^^;)。
調子に乗って4回ほどシリーズもののように続けましたが、これで最終回のつもりなので、終わり方をほめていただけてうれしいであります。




全然関係ないのですが、今回載せた絵は自分で描いて携帯の写真で撮ったものなのですけど、スキャナが無くてもこのくらいはできてしまう文明の利器はすばらしいなあと思います。
ビバ文明。

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