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ドーンヒルさん

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春を待つ

19/03/17 コンテスト(テーマ):第166回 時空モノガタリ文学賞 【 おくりもの 】 ※時空作者による選考回 コメント:1件 ドーンヒル 閲覧数:113

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 旅立ちの日というのは桜の花が舞い散る頃と決まっているのだろうか。今日は3月21日。無事に22回目の誕生日を迎えることが出来た。無事に、ということを少し強調しておこう。おじいちゃん、おばあちゃんになるまで生きるのが当たり前だと思ったらそれは大きな間違いである。何の変哲もない家族に愛され、今度は僕が新しい家族を作る。子供たちが新しい家族を作る。そう、仮想未来に生きる僕はおじいちゃんになって、花見を楽しんでいる。儚く散っていく花びらを見て、美しいと言っている。
 間もなく僕は、そんな花びらになる。心地いい空を無惨に切り裂く春風が吹いたら、その時はもうお終い。誰かが僕を迎えに来る……。

 ビュービューと風がなびいた。もう終わりか?僕は勢いよく目を開けた。
「あっ、お兄ちゃん。起きちゃった?」
 この声は……妹の由紀だ。同じ時間に同じ服装。涸れ切った涙を補充しに由紀がやってくる。優しさと明るさの交わった声で語りかける。
「随分ぐっすりと寝てたもんね。風が吹いてびっくりしちゃったの?」
「あっ……そうだ、そうなんだよ。いや、面目ないな」
「平気だよ。怖がりっていうのはね、優しさの裏側にあるんだから」

 優しさ。確かに僕は由紀のことを溺愛していた。学校へ行くときも、遊びに行くときも、ずっと一緒だった。由紀が僕の元を離れなかったという言い訳を考えたこともある。親は何も言わなかった。近所の大人たちは、仲のいい兄妹だと言って、僕らを温かく見守ってくれた。子供の成長を見守るのが親の役目であるのと同じで、僕の人生は妹の成長を見守ることに特化していたわけだ。旅立ちへのカウントダウンが始まった頃、夜通し泣いていたのが懐かしい。これ以上由紀と話せないこと、遊べないこと、成長を見届けられないこと……。
 
「今日はお兄ちゃんにおくりものがあります」
 由紀がそう言うので、僕は少し驚いた。
「おくりもの?気になるな。好物のハンバーグでも持ってきてくれたのか?」
「でもそれだと意味がないじゃん。食べられないから」
「……そうだったな」
「ほら、これです!」

 おくりものとは、一枚の便箋だった。大きく、卒業証書と書かれていた。
「卒業証書、お兄ちゃん殿。妹を育てる課程を修了したことを証明する。由紀」
 なるほど。お兄ちゃん、クビになっちゃったか。
 蕾のように頬を膨らませて曇り空一辺倒だった由紀。悪戯をすると、親は僕を叱った。正直言って、何度か苛立った。でも最後は、面と向かってごめんなさいが出来る。僕は毎回由紀のことを自然に赦していた。
 冬はとっくに終わっていた。間もなく春がやってくる。少し遅れてしまったけれど、なんとか間に合ったみたいだ。さあ、その白い花びらを風に委ねるんだ。遠い空の彼方まで満面の思い出を運んでくれ。

「お兄ちゃん?早く受け取ってくれないと私、大変なんですけど?」
「あぁ、そうだな。分かった」
 僕はバカ真面目に恭しく頭を下げた。この学校の総代は間違いなく僕だった。
「ありがとう、お兄ちゃん」
「こちらこそ。由紀のおかげで100年分は生きられたよ」
「また……そんな冗談を」
 そうだ。そのまま笑い続けてくれ。君に涙は似合わない……似合わないって言ってるんだ!それだと未練が残っちゃうから。
「お兄ちゃん……ごめんなさい……」
 雨粒のような涙が頬を伝っていく。まるで、モノトーンなルビーに射しこむ一筋の白光である。僕は知っている。決して触れてはならないことを。
「ごめん……なさい……」

 僕はただ由紀が美しく泣くのを見ていた。少しばかり目を瞑ってみる。この泣き顔が最期の一齣になるのだろう。でも、きっといつか……幾億の魂が行き交う空に、心地いい春風に誘われて由紀がやってくる。
「お兄ちゃん。お久しぶりです!」
 僕よりも大層年をとったおばあちゃんになっている。それでも僕は由紀のお兄ちゃんなんだ。
「ほら、おくりものがあるよ」
「おくりもの?」
 僕は問い返す。またまた一枚の便箋。卒業の後と言えばやっぱり……。
「入学証。お兄ちゃんは由紀のお兄ちゃんとして再び励むことを約束する」
 何も変わってはいない。ただ少しだけ空白が出来ただけのことだ。死ぬだとか、別れるだとか、そういう人間っぽい考えはどうでもよくなった。
「ほら、お兄ちゃん。見て。桜が美しく舞っているよ」
 寂しがりやで中々親元を離れなかった花びらたち。美しい、そう気付かせてくれるために、僕らの出会いを待っていたんだ。少しだけ時間が経ってしまうのは仕方がない。でも、これから続く由紀との時間を考えれば誤差みたいなものだ。

「さよならは……言わないからね」
「ぁあ…………」

 さて、暫く休みましょうか。この次風が吹いたら、そいつはきっと、由紀の吐息みたいに透き通っているはずだ。


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このストーリーに関するコメント

19/04/09 滝沢朱音

「仮想未来に生きる僕」「僕の人生は妹の成長を見守ることに特化していた」「遠い空の彼方まで満面の思い出を運んでくれ」など…まるで指先のかすかな動きまで表現されているような、細やかで美しい文章があちこちで光っていて、とても心惹かれました。素敵なお話でした。

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