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秋 ひのこさん

歯について考える時、右と左がよくわからなくなります。右奥だっけ、左奥だっけ。虫歯が絶対にあると思われるあの場所を伝えるべく「ええと、右です。そして上な気がします」と言ったら先生が「うん、上は上でも左ですよね」とか言う瞬間が恥ずかしいので、虫歯は放置しているような人間です。 ……ということも言ってられず、ついに虫歯を治療しましたところ、ちっとも奥歯の不快感が消えてくれないので、「先生、虫歯を見落としていませんか。虫歯がまだ残っていると思われます」と大変失礼なことを尋ねてみましたら、「それ、本当に歯が痛いのですか。歯茎は少し腫れていますが、本当に歯ですか」と逆に聞かれ、やっぱり恥ずかしい思いをしました。こんにちは。 

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つつむもの

19/03/17 コンテスト(テーマ):第166回 時空モノガタリ文学賞 【 おくりもの 】 ※時空作者による選考回 コメント:4件 秋 ひのこ 閲覧数:267

時空モノガタリからの選評

評価点合計91点 ※審査員5名の各持ち点は20。満点は100となります。

(審査員A)
いわば2000字のお仕事小説でしょうか。とても素敵なお話でした。「開けた瞬間、幸せが広がりますように」と願って品物をつつむサエコの姿、あちこちの物置で眠っているであろう、マル春の包装紙など、具体的なエピソードとリアリティのある設定に惹かれました。あえて改善点を挙げるとしたら、ラストの2行でしょうか。あともう少しだけ、テーマをからめた印象的なセリフで締められれば、余韻と深みが出てさらによかったのではないかと思います。

(審査員B)
良かった点:贈りて受けての話が多い中で、間を取り持つ第三者の話。包装と言う裏方の仕事にスポットを当てる点も良かった。丁寧な描写と穏やかなストーリー展開で閉店前夜のある意味淡々とした仕事の中での不安と膨らむ期待が上手く描かれていると思いました。
気になる点:第1段落の「枷」の文字を辞書で引くとネガティブな意味しか出てきませんでした。商店街における重要性を考えると別の言葉の方がしっくりくると思いました。例えば「要」とか? 第2段落の「試し皺」より「迷い皺」の方が主人公のスキルの高さを引き立てると感じました。でも、その後の「迷いのない指さばき・・・」と重なりますが。良い作品なので、細かい所にも目が行きました。

(審査員C)
地域から愛された春松百貨店の閉店。長年、包装を担当してきたサエコの目線で描かれるこの作品は、ラッピングを通して贈り物について語るという、独創性のある切り口が新鮮でした。流れゆく時代を寂しく感じながら、懐かしく思うことも多く共感できます。中身が何であっても、包み次第で立派な贈り物になる。春松の包装紙を愛するサエコの凛とした心根が清々しく、流れるような会話も心地よかったです。文章も巧みで、読みやすかったと思います。
地域の細やかな描写と同じく、サエコ自身の描写があればなおよかったかもしれません。キャラクターが分かれば感情移入やすくなり、より幅広い世代の読者に魅力が伝わると思います。

(審査員D)
良かった点:コンテストテーマに対しての発想が素晴らしいと思いました。「物」ではなく「包むもの」にしたところに、驚きと感動のようなもの感じました。「つつむもの」は「包む人(者)」でもあり、タイトルも素晴らしいと思いました。とても面白かったです。個人的に一番、推したい作品です。
こうすると良くなると思う点:筆力もあり、テーマ性も良く、タイトルも秀逸で、分からない描写や引っかかりを覚える箇所もなく、個人的に改善点は見つけることができませんでした。

(審査員E)
贈り物そのものではなく、贈り物を包む人に焦点を当てた独創的な作品である。閉店しても最後までひとつひとつ丁寧に贈り物を包むサエコの人柄が伝わってくる。町に愛された店とその店を愛する主人公たちが切なく温かい最後を迎えようとしており、終盤の展開では未来への希望も見え、主人公たちを応援したくなるような作品である。子どもの頃の話や町おこしの包装サービスの話がいきなり会話ででてくるので、前後との繋がりが滑らかだとより素敵な作品になると感じた。

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 春松百貨店の入口に、3月末をもって閉店の貼紙が出たのは、新春初売りの初日のことだった。
 創業57年。開業当時は、客を根こそぎとられることを恐れた駅前商店街の猛反対にあったが、10年、20年と経つうちに地域のランドマークと化し、40年、50年で過疎化に伴い町の小売店がばたばたと消えゆく中、それでも住民を商店街につなぎとめる唯一の枷として、開業当時とは別の意味でその存在は「希望」となっていた。
 ここのサービスセンター室長であるサエコは、勤続37年の古株だ。
 サービスセンターの業務は配送手配から迷子案内まで幅広いが、地味に欠かせないのが、包装である。大量受注した贈答品、中元・歳暮といった各種包装を中心に、クリスマス時期などはおもちゃ売場の応援にも駆けつける。特にサエコは春松一包装が得意で、あちこちからお呼びがかかるのだった。

 サエコの手にかかると、商品の魅力が増す。
 大き過ぎず、小さ過ぎず、的確に選ばれた包装紙。試し皺の一切ないぴんと張った折り目。迷いのない指さばきであっという間にどんな包みにくい商品も、安い商品も、見栄えのよい贈り物に変化させる早業。常連はいつ何を買ってもサエコを指名するほどだった。

「業者が箱詰めは金とるっていうからさ。ケチケチしやがって」
 支配人がぶつぶつ言いながら皺くちゃの手で、春松の印が入ったボールペンを白い箱に詰めていく。
 青白い光が灯る事務所で、サエコは最後の大仕事に取りかかっていた。従業員55人分の退社記念品を、ひとつひとつ包んでいく。
「でも太っ腹ですよ。倒産するっていうのに従業員全員にこうして贈答品を用意するなんて」
「社長の自腹。相当責任感じててさ、社長」
「よくしていただきましたよ、社長には。創業50周年の時もほら、こうして従業員用の記念品を包みましたよね。あの時は置き時計でした」
「金あったんだなあ、あの頃はまだ」
「中身がなんであれ、嬉しいですよ。贈り物は」
 70近い支配人の手は遅く、包装するサエコの方が追いついてしまう。サエコは一旦手を休め、包み終えた箱にそっと触れた。
「わたし、子供の頃、家が貧乏でプレゼントなんか買う余裕がなくて。でも母が、鉛筆1本でもきれいに包装紙で包んでくれたんです。それだけで特別なものに早変わりするんです。包装紙も、使い回しだったり、ひどい時は広告を裏返しただけなんですけどね。それでも、あのなんともいえない開ける時のわくわくした気持ち。中身がなんであれ、嬉しいものです」
 支配人もいつの間にか手をとめ、骨ばった指で包装紙の滑らかな表面を撫でた。
「中身がなんであれ、この白地に松模様、マル春の金字。春松のものだっていえば、この町じゃ誰でも安心する。この包装紙ももう、見られなくなるんだなあ」
 支配人の言う通り、この町の人たちは春松の包装紙に価値を置いてくれている。だが、誰よりもこの包装紙を愛し、誇りに思ってきたのはサエコだろう。
「外国じゃ、包装紙をバリバリ破って開けるみたいですけど、日本人は丁寧にテープを剥がして、できるだけきれいにとっておく人が多いですから、うちの包装紙もあちこちの物置で眠っているかもしれませんね」
 37年間、何千個、いや、おそらく何万個と包んできた。他人同士の贈り物だが、ひとつひとつが我が子のように大切に思える。春松の包装紙は、サエコの思いも包んできたのだ。喜んでもらえますように。開けた瞬間、幸せが広がりますように。
 開けた包装紙を折りたたみ、ゴミ箱ではなくそっと脇へ寄せる人々の姿さえ、サエコにはありありと目に浮かぶ。ちょうど、母がそうしていたように。

「サッちゃんさ、ここ辞めたらどうするか考えてる?」
 ふいに、支配人が尋ねた。
「こないだ商店街の会長と飲んだんだけどさ。町おこしのアイデアに困ってたわけ。それでさ、空きのテナント使って臨時の包装サービスしたらどうかってすすめたの。地元でプレゼント買って、きれいにカッコよく包めば田舎くさく見えないだろ。サッちゃんそういう仕事、どう? 商店街、金ないから最初はボランティアかもしれないけどさ」
「いいですね。どうせ私の歳じゃもう次の仕事も見つからないだろうし。お役に立てるなら喜んで」
 驚きつつ、サエコの頭にはその光景が早くも浮かび始める。
 唯一生き残っている洋服店で夫のために帽子を買った夫人がそれを持ってくる。さあ、どうやって包もう。近所の人へちょっとしたお礼にと持ち込まれる、小さな饅頭。子供たちは角の文具屋で友だちへの誕生日プレゼントを買うだろう。最近できた介護用品店の売り物だって、いまや立派な贈り物になるに違いない。
「いいですね」
 サエコはもう1度つぶやき、微笑んだ。
「紙は使い回しでもなんでも、きれいに包んでみせますよ」


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このストーリーに関するコメント

19/03/18 雪野 降太

拝読しました。
面白かったです。コンテストテーマに対する着想が素晴らしいと思いました。支配人とサエコさんの落ち着いたやり取りも、百貨店と地域の現状も丁寧に織り込まれていて読みやすかったです。個人的には「ここを辞めたらどうする?」の会話の前にひとつ事件を挟んでいただきたかったのですが……字数的に厳しいですね。とにかく楽しく読ませていただきました。次回作も楽しみにしております。ありがとうございました。

19/03/19 秋 ひのこ

雪野 降太さま、こんにちは。
>「ここを辞めたらどうする?」の会話の前にひとつ事件を挟んでいただきたかったのですが……
わかります! 私も自分でそう思います!(苦笑) 
ついでに言うと、「「わたし、子供の頃、家が貧乏でプレゼントなんか〜」の前にももう少し何かはさみたかったです。
そうして、いつも同じ結論「2000文字は難しいですね」にいきついてしまうのです(^^;)
毎月修行です。
この度は丁重な感想をいただき、ありがとうございました。

19/03/22 クナリ

こうまで心を込め、確かな技術で包んでもらえたら、素晴らしいサービスだなと思いました。
町の新たな名物になる様子が想像されました。

19/03/24 秋 ひのこ

クナリさま
こんにちは、コメントをありがとうございます。
むかしバイトをしたお店に包装マスター(笑)のおばさんがいて、彼女がモデルです。
濃い化粧の意地悪おばさん(苦笑)でしたが、とりあえず速くてうまかったです。
今から思えば、これと対になる話、主人公が商店街でボランティアをする話も1本書ければよかったな、と思います。

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