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いっきさん

公務員獣医師として働くかたわら、サイトを中心に創作に励んでいます。

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座敷童子

19/03/15 コンテスト(テーマ):第166回 時空モノガタリ文学賞 【 おくりもの 】 ※時空作者による選考回 コメント:1件 いっき 閲覧数:54

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結婚後、久々に実家へ帰って来た。
妻と母は微笑ましいほど仲が良くて、僕の子供の頃の写真を引っ張り出して談笑し始めて。気恥ずかしくなった僕は庭へ出た。

穏やかな陽を浴びたタンポポに、真っ直ぐに生えるツクシ。故郷の春の風景に心が和んだ。しかし同時に、何か歯痒い想いも感じた。
何か、忘れてはいけないことを忘れてしまっているような想い。僕はツクシを見つめ、その『何か』を思い出そうとした。

その時だった。
「ねぇ」
後ろから声を掛けられた。
-あれ、さっきまで誰もいなかったはずなのに。
そう思って振り返ると赤い着物を来た少女が立っていた。
-この娘、会ったことがある。
眩しくて顔はよく見えなかったが、そう思った。懐かしくて、だけれどもとても切なくなる、この気持ち。でも、誰なんだろう?
「かっちゃんだよね?」
少女から聞かれた。僕は和志(かずし)。確かにそう呼ばれたこともある。僕は頷いた。
「そっか」
少女はじっと僕を見ている様子だった。
「こんなに大きくなったんだ」
こんなに大きくなった……どういうことだろう?
不思議に思っていると、少女はしゃがんでツクシを摘み始めて。摘みながら僕に尋ねた。
「かっちゃんは幸せ?」
少女はごく自然に僕に話し掛けてきた。そして僕も自然に答えた。
「幸せだよ。結婚してお嫁さんもいる」
すると少女は少し寂しそうに言った。
「そっか。本当は私がかっちゃんのお嫁さんになりたかったんだけどね」
「えっ?」
しかし、また微笑んだ。
「でもよかった。だって、かっちゃんの幸せが私の幸せなんだから」
そして僕にツクシを渡した。
「はい。『あの時』のお返し」
それを見て僕はやっと分かった。
僕は『あの時』、春の大地に真っ直ぐ生えるツクシを彼女にプレゼントしたんだ。早く元気になるように。
「さっちゃ……」
「私は座敷童子。かっちゃんに幸せを運んであげるし、かっちゃんの幸せを、ずっと見守ってる。かっちゃんには見えなくなっても……ずっとそばにいる。だから、ずっと忘れないでね」
少女は光に包まれて消えていった。僕が初めて恋したあの微笑みを浮かべて。

僕はすぐに家の中へ戻った。
居間では母がまだ僕の小さい頃のアルバムを見ていた。
母が開いているページには病室で写された『二人の写真』があった。
「いい娘だったわねぇ」
母の目にはじんわりと涙が浮んでいた。
「いい娘だったからこそ、神様が近くに置きたいと思って、早くに天国へ連れて行ってしまったんだろうねぇ」
僕も涙を堪えて頷いた。
「でも、あんたが選んだあの娘。沙知(さち)に本当によく似てる。本当に、いい娘を選んだねぇ」
母のその言葉が、僕の心を温かく濡らした。

僕には病弱な妹、沙知がいた。沙知は、『大きくなったらかっちゃんのお嫁さんになる』と言っていたし、僕も大人になったら沙知と結婚できると思っていた。
僕の初恋の相手は、紛れもなく沙知で……だから、沙知の病気がどんどん悪くなっていくのを見るのが、僕には辛くて堪らなかった。

最後の入院、沙知の病状はとても酷いものだった。
そんな沙知が、早く元気になるように……僕は祈る想いで、天に向かって真っ直ぐ生えるツクシを毎日摘んで沙知の元へ持って行った。
病床の沙知は、僕がツクシを渡すその度に
「ありがとう。私、絶対に元気になってかっちゃんにお返しするね」
と笑顔で言った。
でも、そんな僕達の想いも虚しく……
沙知は、最期まで僕の手を握り
「ずっと、かっちゃんのそばにいるからね」
と微笑んでいたんだ。

七年後。六歳になる息子を連れて実家を訪れた。
僕は、庭を見ながらのんびりと寝そべっていた。すると、息子が何やら独り言を話していた。
あれ、おかしいな。母も妻も台所にいるはず。
そう思い、息子のいる部屋へ行った。
「誰と、話していたの?」
すると、息子は笑顔で言う。
「さっちゃん」
僕は、はっとした。
「ほら、そこに……あれ」
息子は、指した先を見る。
「さっきまで、いたのに」
息子の指の先には……あの時、座敷童子の沙知から貰ったツクシが、もうしおれて干からびてしまっているのだが、それでも大事に置かれていた。
僕は、笑顔で息子に言う。
「そっか、マモルにも見えるんだ。さっちゃんはね、ずっと僕達の幸せを見ててくれる、座敷童子なんだ。ずっと見ててくれて、ずっとそばにいる。だからね、マモルもずっとさっちゃんのことを忘れないでいてね」
息子は、不思議な顔をしながらも頷いた。

息子がもう少し大きくなったら、さっちゃんが誰なのか、話そうと思う。
決して忘れてはいけない人、幸せを見守ってくれる人、そして、ずっとそばにいてくれる人。その時まで、きっと息子は今日のことを覚えていてくれている。

『沙知の部屋』だったその部屋に、穏やかな陽が柔らかく降り注いだ。


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このストーリーに関するコメント

19/03/18 雪野 降太

拝読しました。
結婚後久々に、そしてさらに、7年越しで戻った実家の、時間が止まっているかのような描き方が印象的でした。
読ませていただいてありがとうございました。

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