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堀田実さん

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母からの贈り物

19/03/13 コンテスト(テーマ):第166回 時空モノガタリ文学賞 【 おくりもの 】 ※時空作者による選考回 コメント:1件 堀田実 閲覧数:75

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 挨拶も早々に済ませると喪主である崇彦は生前の母との思い出をつらつらと並べ立てていく。ほとんどが身に覚えのない作り話だったが、何十人という聴衆を前にすると不思議と罪悪感は芽生えてこない。
 白けた気持ちになりながらも崇彦は目頭をぬぐい母との思い出話を終える。崇彦の話を真面目に聞く人たちは目に涙を浮かべている。おそらく母の人格者ぶりを思い返しているのだろう。母は旧来から外当たりがよく学校の婦人会では会長も務めていたりはしたが、実の息子である崇彦は母が本当はそんな人間ではないことを知っていた。母は子育てに対するネグレクトと虐待の気があった。
 食事の支度をすることはまれでいつも父が料理を作っていたし、洗濯物もまた深夜に帰ってきた父が、虫がつかないようにとリビングのエアコン下に干していた。部屋干し特有の細菌が繁殖して発する臭いはいつも崇彦の鼻についていたし、小学生の頃にそれと気づくまでは部屋干しが当たり前のことだと思っていた。
 そんな母もたまに料理をすることがあった。しかし作ったかと思えば作りっぱなしで洗い物はせず、料理もとても美味しいといえる代物ではなかった。焦げていることは当たり前で、味付けも濃すぎるか薄いか極端だった。母はおそらく料理に興味があったわけではない。ではなぜ作るのかと言えば母親であることを自覚するためだったのではないかと、崇彦は思っている。母は母なりに罪悪感を拭っていたのだ。
 母は怒るとすぐに崇彦を蹴りつけた。食べ物を残してしまうような些細なことから、崇彦が非行に走ることまで、母はそうすることがまるで親の愛の示しかたとでもいうように、アザができるまで崇彦を蹴りつけた。一度などは骨折したのではないかと思ったこともあったが、結局のところ病院に連れていってもらうことはなかった。虐待の発覚を恐れていたというよりも、彼の怪我にたいして関心はなく、あるとしても大袈裟な反応ぐらいに思っていたのだろう。そのせいで崇彦は右手の親指を今でも完全に伸ばすことはできない。
 崇彦は葬儀の間中ずっと母の死を喜んでいた。しかし人間というのは不思議なものでふとそれで良いのだろうか、という思いが浮かび上がってくる。遺影の中で笑顔を絶やさない母を見るとまるで本当は母は素晴らしい人間だったのではないかという思いに駆られてしまう。人間として失格であったはずの母にも確かに良い面がなかったわけではない。小学生の頃はたまに勉強を見てくれたし、授業参観の日などは欠かさず駆けつけてくれた。熱を出したときにはお粥を作ってくれたし、普段は剥かないリンゴまで剥いてくれた。何も崇彦の記憶の中にも悪い一面だけの母の姿が残っているわけではない。しかし母はどこか崇彦自体に無関心だった。
 ある暑い夏の日、高校生だった崇彦は所属していた野球部の試合に臨んでいた。高く上った暑い日差しは何も遮るもののないレフトの定位置をジリジリと照らしていた。その日の最高気温は35度だったはずだが、おそらくグラウンドの中は38度を越えていただろう。白球を追うはずだった崇彦の視界はある時黒く沈んでしまったのだ。すぐに意識は取り戻したものの足取りはふらついたままで、崇彦は選手交替をしてベンチ横で休むことになった。
 氷水で頭と首筋、脇の間を冷やされる中で崇彦は無力感にとらわれた。甲子園の出場をかけた最後の夏の予選第一回戦だった。野球がさほど上手くはない崇彦だったがやはり好きなことには違いなかった。レギュラーとベンチの境目を行き来しながらもつかみ取った試合の場に崇彦は立ち続けることができなかった。
 俺の三年間は何だったのだろう。そんな思いが込み上げてくる。まだ試合に負けたわけでもないのに崇彦はもう二度とグラウンドに立てない気がしていたのだ。そんな時に崇彦はズボンの左ポケットに入れていたお守りを手に取り握った。母が買ってきてくれたものだった。なぜか交通安全のお守りだったが「予選を勝ち進むのも道のようなもんでしょ」と笑顔で言われるとそんな気がしてしまった。
 母にも母らしいところがあるもんだ。お弁当だと言ってコンビニのおにぎりを詰めて渡していたくせにと崇彦は思っていたが、それでも母からの贈り物は嬉しかった。
 あれから20年以上も経っている。今では母の笑顔を拝むことができなくなってしまったが、崇彦にはそれでよかったのだという思いも込み上げてくる。崇彦はあの時のお守りを棺に詰めて焼くつもりでいる。あの日の試合以降、崇彦が試合に出ることはなかった。チームも三回戦で負けてしまった。母と共に過ごしてきた悪い日々は煙と共にかき消えてしまうだろう。
 崇彦は葬儀を終えると煙草に火をつける。母から貰ったお守りのことを恨んだりはしていない。試合に出れなかったのは実力がなかっただけなのだ。崇彦は焼骨の前に再び襟を正す。


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このストーリーに関するコメント

19/03/17 雪野 降太

拝読しました。
幼少期の虐待から青年期の思い出まで様々なことが頭を過ぎる主人公もまた、母親のことを整理しきれていないのだろうと感じさせる文章でした。高校3年生から『20年以上』、とのことなので30代後半〜40代半ばで喪主を務める己の身に思うところもあるのでしょう。『外当たりがよく』という表現も知ることができ勉強になりました。
読ませていただいてありがとうございました。

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