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奈尚さん

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おくりものがたり

19/03/11 コンテスト(テーマ):第166回 時空モノガタリ文学賞 【 おくりもの 】 ※時空作者による選考回 コメント:4件 奈尚 閲覧数:325

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 妹が駅まで送ってくれると言うので、ありがたく助手席に収まった。
 独特の香りが肺を浸す。車には各々特有の匂いがあるものだ。実家の車は、実家の車の匂いがする。
「終電まだある? あっち、随分と田舎なんでしょう」
「ああ」
 ここも大概だけどな。
 流れていく夜景をぼんやり眺めながら答える。久しく離れていた故郷の風景は、記憶のそれとは様変わりしていた。
 あんなに灰色一色だったのに。それが当たり前だったのに。
 そこここに緑や黄色が見える。じきに桃色や赤も増えてくるだろう。
 ほんの少し窓を開ける。
 春だ。春がやってくるのだ。
「また、書くようになったんだね」
 初春特有の湿った空気にむせて、黒ネクタイに指を差し込み戒めを緩めていた時だった。前方に目を凝らしたまま妹が言った。
「見たよ。あの人の病室に一冊置いてあるの」
 読んではないけど、とつけ加える。
 何を言われるかと身構えていた俺は、ほっと安堵の息を吐いた。
「よかった。なんていうか、書けなくなったって悩んでいた兄さんは、死ぬほど苦しそうだったから」
 あの人は、作者に気づいていなかったみたいだけど。
「だろうな」
 病気になる前から、俺が書くことを知らなかった人だ。
 そう返すと、彼女は声をたてて笑った。
「私でも知っていたのに。確かに、書けたもの見せてもらったことはないけど。何回か公募? の賞金、持って帰ってきたよね」
「中学の時、作文に書いたんだぜ。高校の進路相談でも言った」
 それでも覚えてもらえなかった。
「それだけ、あの人には理解し難かったんだ」
 一生忘れないだろう。
 夢を打ち明けた時の、ガキでも相手にされていないとわかる薄っぺらい笑顔と。
 書けなくなった、つらいと告白した時の、ぽかんとした表情は。
 家から逃げ出すまで、俺にとって執筆とはつまらなくて、変で、恥ずかしい行為だった。あの人の価値観に呪われていた。今でも、そうかもしれない。
「いいさ。別に、俺が書いたって知らせたかったわけじゃない」
 ただ、入院は退屈だとしきりにこぼしていたからだ。たまたま鞄に入れていたのを置いてきただけのことだ。
「……あのね」
 歯切れ悪く呟いて、妹がちらちらこちらを見る。
「あの人が、兄さんに言ったかわからないけど」
「何も言わないよ。俺には」
「私のこともおぼろげになった頃にね、病室に行ったら読んでいたの。兄さんの本」
「へえ」
「でね、それとなく聞いてみたらさ。楽しそうに笑って言ったんだ」
『次の人生は、こんな世界に行きたいね』
「って、あの本を指さして」
 それから何度も繰り返し読んだのだろう。遺品を整理していて見つけた時には、あの本はすっかりページが広がりヨレヨレになっていたそうだ。
「そうか」
 小さく頷く。それ以上言いたいことは、特になかった。
 妹も同様だったようだ。静寂が車内に満ちる。
 沈黙を気にしたのか否か、しばらくして彼女はラジオのスイッチを入れた。
 懐かしいメロディが流れ出した。子どもの頃、よく耳にしていた曲だ。
「これ誰の歌だっけ。大好きだったな」
 呟いて、彼女はメロディを口ずさみ始めた。
 そんな古い歌よく覚えているなと言いかけて、自分も歌えることに気づく。歌手も題名も知らないのに。

 歌い主がわからなくても、心に残る曲がある。
 作者を理解できなくても、胸を打つ物語がある。
 当たり前といえば、当たり前の話。だが。

「いい贈り物になったと思うよ」
 アウトロをバックに、妹がぽつりと言った。
 言ってから、照れた様子でぺろりと舌を出す。
「さすがにキザだったかな」
 でも、本当にそう思う。
 その一言は、素直に俺の中に染みていった。
「そうかい」
 ラジオパーソナリティが曲を紹介している。やはり聞き覚えのない歌手名で、曲名だった。
 覚えておこう。そう思った。

「ねえ。私にも一冊くれない」
 やがて車は静かに、最寄駅の前で停まった。
「あの人のは、お棺に入れたし」
「感想とか言わないなら」
「了解」
 春は目の前。とはいえ、まだ肌寒い外に降り立つ。
 数年前に大改修をしたらしい最寄駅は、やけに洒落た顔をしていた。
「帰ってこないの」
 後ろ手に閉めたドアから、半開きの窓から、声が追ってきた。
 問いかけというよりは、念押しのようだった。振り返らず、駅の方を向いたまま小さく頷く。
「まあ、そうか。出ていく理由もなくなったけど、帰ってくる理由もない、か」
「送ってくれて助かったよ」
「そう。また必要になったら言って」
 送られるのは苦手だけど、送るのは得意だから。
 背を叩く彼女の声は誇らしげだった。
「今日だって、うまくやったでしょ」
「なんだそりゃ」
 笑って手をあげる。歩き出す。

 気がついたら、さっきの曲を口ずさんでいた。


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このストーリーに関するコメント

19/03/14 雪野 降太

拝読しました。
主人公がどれほど実家を離れていたのかわかりませんが、妹との通じ合った会話が二人の繋がりを感じさせる作品でした。
ちなみに、読解力が乏しくてお恥ずかしいのですが、『送られるのは苦手だけど、送るのは得意だから』という文の『送られる』は何を指しているのかご教示いただければ幸いです。
読ませていただいてありがとうございました。

19/03/15 奈尚

> 雪野 降太 様
コメントありがとうございます。
読んでいただけた上にわざわざコメントまでいただけたこと、嬉しくてたまりません。

ご指摘の箇所につきまして。
基本的に私は、作品内の設定等、文章にあるもの以外の情報は、読んでいただいた方が自由に解釈していただくべきだと考えています。
読んでいただいた時に訳がわからないと感じられたなら、それは執筆した私の力不足で、本当に申し訳ないと反省しています。
(続)

19/03/15 奈尚

その上で、私の意図をお伝えさせてもらえるのであれば、あの台詞は妹の「うまくやれた」という誇らしい気持ちを表現したくて入れたものです。
「送る」というのは、兄を駅まで「送る」という意味も勿論ありますが、「あの人」を「葬った(おくった)」という意味も込めています。
ちゃんとやり遂げたでしょ、ときっと兄に言うと感じたのです。

加えて、妹は兄が繊細で気に病む性質であることを理解しています。
なので兄が気にしないように、逆は下手だけどさ、だからお返しは必要ないからさ、なんてことを言うんじゃないか。
そう思って「送られるのは苦手だ」と加えました。
ずっと離れていた兄に対する照れ隠しもあるかな、とも思います。

長々と失礼いたしました。
本当にありがとうございます。

19/04/09 滝沢朱音

物語を書くことは、贈り物でもあるのですね。
「俺」「妹」のどちらも、見送った人物を「あの人」と称していることに、これまでのさまざまな経緯や複雑な思いを想像しました。
「あの人」は決して夢を認めてはくれなかったけれど、人生の最期に、自分が書いた物語を純粋に楽しみ、なんども読み返してくれた。それだけで「俺」は、全てを許せたのかもしれませんね。
素敵なお話でした。

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