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hayakawaさん

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小さな幸せ

19/03/11 コンテスト(テーマ):第166回 時空モノガタリ文学賞 【 おくりもの 】 ※時空作者による選考回 コメント:1件 hayakawa 閲覧数:70

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 深夜の二時になっても眠りにつけないので、テレビを見ている時、一瞬この世界を疑った。それはこの世界は誰かが作り上げているもので、自分はその中で飼われているだけなのではないかということだった。
 やけに意識は鮮明で体に残る疲労が、心にくすぶる不安が自分を苛めている。スマートフォンのロックを解除し、メモ帳のアプリを開き、そこに「この世界は洗脳」と書いた。
 明日は大学院に通わなければならないので、寝ようと思い、一人暮らしの部屋の寝室に向かう。
 昔から将来に思いを馳せた。夢を追い求めていた。脚本家になるという夢は自分が高校時代クラスに馴染めず、よく学校をさぼっては映画ばかり見に行っていたのが理由だ。
 父親は医者で、当時自分も医者になるんだという思いから医学部を受験したが、ことごとく落ちてしまった。
 深夜の三時、やはり眠りにつくことができず、僕はスマートフォンで動画を見ていた。年は二十七歳になり、大学院の博士課程で生物学の研究をしている。浪人したせいで同期は自分より年下だ。就職をする気にもなれず、博士課程まで進んだのはいいが、今までの友達は皆就職していて、自分だけが出遅れている気がしていた。
 
 次の日、大学院で実験を終えた僕はそのまま塾へ向かった。高校生の個別指導で、時給は高めだ。
 十六歳の生徒に英語を教えていた。彼は文法の基礎もあまりわかっていなかった。英語のワークに文字を書く手が震えている。
「スポーツは得意なんですが、勉強は駄目なんですよね」
 もう何度も聞いたセリフだった。
「君はNBA選手を目指しているんだろ」
「そうなんです。僕の高校は三年前に全国大会に出て、部員も大勢います。僕はこの間、ベンチに入ることができたんです。試合にも出ました」
「それは凄いことだと思うよ。君が将来、アメリカで活躍するとしたら、絶対に英語はできないと困るでしょ?」
「うちの親が、成績が悪いからって僕をこの塾に入れたんです。でも勉強って大事なんですかね?」
「大事だと思う。頑張って次の問題解いてみよう」
 彼が問題を解いている間、僕は将来について考えていた。研究職に就けるほど実験は好きではない。かといって営業をするのが自分に向いているとも思えない。
 生徒を励ましながら勉強を教える教師なんかいいのではないかなと思った。人前で話すことは好きだった。
 一度通った賞の一次選考。今は到底手が届かない気がして脚本を書くのをあきらめている。
 バイト終わりに中学時代の親友から電話があった。
「今日の夜、暇?」と彼は言った。
「うん」
 イタリアンの地元のレストランに夜の十時に待ち合わせをした。
 彼は大手の食品会社で営業をしていた。
「よお」と僕は声をかけた。
「久しぶりだな。この間会ったのはいつだったか」
 僕らは店内に入った。
 彼とスパゲッティを食べる。
「どう、仕事は?」
「相変わらずだよ」と彼は言った。
「社会人か。お前は大企業に勤めているし、うらやましいな」と僕は言った。
「別にお前が思ってるほど、仕事は夢のあるものじゃないよ」
「そんなものかな」
「そういえばさ、最近占いを始めたんだ。お前のこと占ってやるよ」
 そう言って彼はカードを鞄から取り出した。
「お前が知りたいことは?」
「将来のことかな」
 彼はカードを並べてめくっていく。
「小さな幸せを得ようとして、大切な人との別れがやってくる。今はやる気があって実力がないが、駄目元でやっていればいずれ実力が伴い、富を手にする。そして大切な人との別れを避けることができる」
「俺が高校教師目指してるのが、小さな幸せで、脚本を書き続けろってことかな?」
「そうかもな」
 彼はカードを神妙な面持ちで眺めていた。
「なんだか妙に当たってる気分になるな。それ」
「面白いだろ」
「塾のバイトしててさ、人のために何かをするって凄く大事だと思ったんだ。それで高校教師になろうと」
「いいんじゃないか?」
「この先俺たちはどうなるんだろうな?」
「さぁ? でも俺は働かなくていいなら働きたくないね」
「そう?」
「うん」
 彼と別れて久しぶりに実家に帰った。部屋でパソコンを開き、脚本を書き続ける。この先どうなるのかわからない。権威が欲しいのはただ自己定義がしたいから、優越感が欲しいからではないか。そんなことを考えつつも手を動かしていく。別に夢なんてどうでもいいと思いつつも手は動いてしまう。
 深夜、ベッドに横たわる。疲れと鮮明な意識。それは神からの贈り物だろうか。思考がとめどなく脳内を駆け巡る。明らかに正常じゃない。そんなことを考えつつ、今日もわずかな不安を感じながら眠る。
 


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このストーリーに関するコメント

19/03/14 雪野 降太

拝読しました。
一昔前のモラトリアム期間や猶予期間のような論説が思い出される作品でした。医学部に進学できず、脚本家になれず、就職する気にもならない。それでも人前で話すことは好きで、親友の占いを信じたいし、権威がほしい。主人公の欲求に素直な文章がとても興味深かったです。
読ませていただいてありがとうございました。

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