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つつい つつさん

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消去していいですか?

19/03/10 コンテスト(テーマ):第166回 時空モノガタリ文学賞 【 おくりもの 】 ※時空作者による選考回 コメント:2件 つつい つつ 閲覧数:349

時空モノガタリからの選評

(審査員A)
読後感がとてもいいですね。「消去してもいいですか?」というデジタルなメッセージをタイトルにし、それを重要なシーンにも持ってきた発想も素晴らしいと思いました。一つだけ気になったのは、兄がいじめを受けて自殺したことに対し、主人公が「恥ずかしかった」「情けなくて」と語っている点。読者によっては抵抗を感じる、かなり強い表現だと思います。あえて主人公にこう語らせるには、そう思うだけの根拠となる描写が、少し必要ではないでしょうか。

(審査員B)
気になる点:淡々と無難に当たり障りなく生きてきた主人公とそれが出来なかった兄。
主人公に勝負に出た紗英。兄からのカメラが物語の核として展開していくのが面白いと感じた。
気になる点:空白改行で時間の変化が分かると読みやすいと感じた。例えば「何年も人が使ってないようなさびれた公衆電話」意味が重複していてリズム感が崩れていると感じました。兄の話と紗英の話が相乗効果を出していると感じなかった。どちらかに絞った方がテーマが引き立つと思いました。

(審査員C)
安定した文章と郷愁を感じさせる描写で、物語の世界に引き込まれました。デジタルカメラを遺して自殺した兄。それを引きずる「僕」と恋人の紗英に訪れる変化が、繊細な心情で描かれていて感情移入しやすい。カメラという記録する媒体が遺品としてだけでなく、効果的に使われているのも良かったです。読んだ後だと、自分自身を「消した」兄への、主人公の羞恥心も理解できる気がします。みずみずしい感性が印象的な恋愛小説でした。
兄の話が衝撃的なためか、紗英との場面がやや淡泊に感じられました。紗英のエピソードを冒頭にして彼女を印象づけたりすると、バランスが取れるような気がします。

(審査員D)
良かった点:序盤から物語に惹きこまれました。特に最初のシーンの描写がとても素晴らしいと思いました。冒頭では灰色のような、色彩を感じられない主人公の心情から、最後ははっきりと世界に色があることを認識させる話の運びが良かったです。
こうすると良くなると思う点:とても良い作品だと思いました。1点だけ気になってしまったのは、最後の最後です。ラストの一文が、ぶつり、と切れてしまうような文末ではないかなと思いました。余韻を残すというか、もう少し心配りを感じられたらなと思いました。

(審査員E)
兄の残したカメラを何気なく使っているうちは気づかなかった気持ちを、人を撮るという行為を通して兄との思い出と共に思い出し、のちに写真を見返す頃には手放せなくなっていた主人公。写真というものを通して成長が描かれている作品である。前半の二件のメールから繋げる展開も上手いと感じさせる。ただ、必要以上の説明が多く冗長に感じる点と、それもあってか前半の内容からラストの展開が予想できてしまう点については工夫の余地があるように感じた。

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休みの日になるとカメラを持って出かけた。どこにでもある安物のデジタルカメラ。町を歩き回り気になればシャッターを押す。
 文化住宅の軒先で積まれた雑誌、古びた洗面器、なにが植えてあるかわからない植木鉢。住宅街の奥まった場所の何年も人が使ってないようなさびれた公衆電話から伸びる影。通りを少し曲がったら出てくる汚いどぶ川に日が落ちてさらに澱みを増す様子。そんな撮る必要のない景色が好きだった。
 そして、暗くなってきたらそば屋だの定食屋だの探して適当に入って食べる。休みの大半はそんな風に過ごしていた。
 月曜から金曜まで商社の管理部でそつなく働いた。大学を卒業して六年、ここで働いている。プライベートの付き合いこそないが上司や後輩とも摩擦なくやり過ごしていた。仕事が終わりマンションに帰りソファでくつろいでいるとメールが二件届いた。
 一件は大学時代からの彼女の紗英からだった。
「明日、十一時に駅で待ってます」
 明日は紗英から美術館に行こうと誘いがあった。紗英から誘わないと僕から連絡をすることはない。そんな僕のことをわかっていつも紗英から月に一回は適当な予定を入れてくれていた。僕がこの先結婚する気も、ずっと付き合いを続ける気もないことを紗英は薄々わかっているはずなのに別れを切り出すことはなかった。
 もう一件は母親からだった。
「今年も帰ってこないの?」
 そういえばもうすぐ二月七日になる。兄の命日だった。僕は大学入学と同時に一人暮らしを始めてからあまり実家に寄り付かず、特に、ここ二、三年帰っていなかった。
 僕が中学二年生、兄が高校二年生の時に兄は高校のトイレで首を吊って自殺した。いじめられていたらしい。僕は恥ずかしかった。
「仕事が忙しくて帰れません」
 去年と同じように今年もそう返事した。
 慌ただしい年度末も終わり桜の花も満開になった四月始め、久しぶりに紗英からメールが来ていた。そういえば忙しくてメールが来てないことにも気づいていなかった。
「大事な話があるの。明日の夕方そちらに行きます」
 紗英は土曜日の夕方、いつもと変わらない表情で部屋に来ると、ハンバーグを作ってくれた。夕食後ワインを飲みながら他愛のない話をしていると紗英は言った。
「別れてほしいの」
 僕は「わかった」と、すぐに答えた。そんな僕の反応を紗英は「そう言うと思った」と言って笑った。
「明日、最後に私の写真を撮ってほしいの」
 紗英がそう言ったので、僕は少し驚いた。理由を聞くと、僕がいつも写真を撮っているのに、人を撮っているのを見たことがないから、最後ぐらい特別なことをしてほしいとのことだった。
 夜中、紗英が寝た後、リビングのソファに座りカメラを眺めた。毎週週末になるとカメラを持って町を歩き回っているけど、別にカメラが好きな訳じゃなかった。兄が死んだ後、机の上に僕宛に遺されていたのがこのカメラだった。いじめで自殺なんて悔しくて情けなくて可哀想だなんて一度も思わなかったけど、いつの間にかカメラを持ち歩いて写真を撮るのが習慣になっていた。それなのに、撮った写真をプリントアウトしたり保存したことは一度もなかった。いつも容量がいっぱいになると前のデータを消すだけ。何のために撮っているのか自分でもわからなかった。
 日曜日、近くの公園に行くと、紗英にカメラを向けた。
「なんだか、照れるね」
 紗英はそう言うと恥ずかしそうにしていた。そういえば僕も兄にカメラを向けられた時すごく照れたのを思い出した。写真を撮ると紗英は「ありがとう」と言って帰っていった。
 それから暑い夏が過ぎ、少し涼しさも感じられるようになった頃、カメラの容量がいっぱいになった。いつものように今までのデータを一気に消そうとした時、紗英の写真が気になった。
 データを見直すと、はにかんだ紗英が写っていた。僕はなぜか動揺し慌ててカメラを操作して全部消そうとした。
(消去していいですか?)
 後は(OK)のボタンを押せば操作は終わるのに、どうしても押すことが出来なかった。
 カメラを抱えてソファに座ったまま、動けずにいた。しばらくして僕はなぜか紗英にメールを送っていた。
「会いたいです」
 気づけば午前一時を回っていた。スマートフォンを確認すると紗英からの返事が来ていた。
「明日、そちらに行きます」
 僕は明日を待てそうにもなかったから、カメラを持って外へ出た。このままコンビニに行って紗英の写真をプリントアウトすることにした。


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このストーリーに関するコメント

19/03/14 雪野 降太

拝読しました。
『別にカメラが好きな訳じゃなかった』という主人公もまた、兄との別れから回復していないのだと感じられました。モノトーンにも感じられる主人公の視点に対して、カラフルに感じられる『紗英』さんの写真が印象的で、加えて、『兄が死んだ後、机の上に僕宛に遺されていた』カメラには一体、どんな写真が残っていたのだろうと想像させられる作品でした。
読ませていただいてありがとうございました。

19/03/15 つつい つつ

雪野 降太 様、感想ありがとうございます。
モノトーンからカラフルに感じられる主人公の心象を感じとっていただき嬉しいです。

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