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比些志さん

ペーソスとおかしみの中にハッとさせられるなにごとかをさり気なく書いていきたいと思います。

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アナタヘノタンジョウビプレゼント

19/03/06 コンテスト(テーマ):第166回 時空モノガタリ文学賞 【 おくりもの 】 ※時空作者による選考回 コメント:3件 比些志 閲覧数:259

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ボクにとって彼女は女神そのものだ。陰りのある瞳、陶器のように滑らかな白肌、しなやかな体の動きに反して揺れる長い黒髪、時折見せる無邪気で無防備な笑顔と潤いに満ちた笑い声。すべてが愛おしく、そして眩しい。その姿は目をつぶっていても脳裏に思い浮かべることができる、などと言うとおそらくきっと笑われだろうが、ボクは気にしない。だって本気で彼女が好きなのだから。

ボクの望みはただ一つ。彼女の柔らかい胸に抱きすくめられて、彼女の心臓の鼓動をまぢかに聴きながら、互いの心と心を共鳴させることだ。そんなこと、無理だってことはよくわかっている。大それた空想に過ぎない。誰に相談してみても、多分、ボク自身だってそう相談されたら、それよりもまず、自身の存在や想いを知ってもらうことじゃないか?って言うだろう。そうなのだ。でもそれですらとてつもなく難しい。だって、ボクには金も権力もなく、そして、若い女の子の胸をときめかせるような魅力的で美しいマスクや肉体すらもないからだ。そのうえ、影の薄いボクと違って、彼女はれっきとしたアイドルなのだ。今でこそ、誰もが知る有名なアイドルというわけではないけど、ネットの世界では熱狂的なファンだって大勢いる。いずれはスターになる素質はあるだろうし、ボク自身も彼女の夢を陰ながら応援している。とにかくすごく頑張っているのだ。どこの事務所にも属さず、家族からも離れ、生活費を切り詰めながら、自らSNSや電話を通じて単発の仕事をセルフマネジメントし、ファンの前では一言も愚痴をこぼさずニコニコ笑っている姿は本当に涙ぐましい。ボクにとって彼女は女神以外の何者でもないけれど、同時にボクにとって彼女は、どうあがいたって手の届かない存在。

その彼女が明日、誕生日を迎える。何か気の利いたプレゼントを贈りたい。彼女の心にほんの一瞬でも足跡を残せるような……でも、一体、何を贈ればいいのだろう?



アノンの日課は、その日に起きた出来事や思いをツイッターに書き込むことである。その晩も風呂上がりにカップラーメンをすすったあと、ツインソファに腰掛けながらスマホを操作していた。その日はアノンの誕生日なので、ツイートを投稿するやいなや、サイン会や撮影会などで顔なじみになっているファンから沢山の返信が届いた。ファンの中には男の子だけでなく、女の子も大勢いる。そうした熱烈なファンの一人一人にレスを書いていたら、あっという間に深夜12時前になっていた。
それから個人用のLINEを開くと親以外からは何一つメッセージが届いていなかった。アノンは、少し冷笑気味に、バーチャル世界の出来事であるとはいえ、こうしてたくさんの人たちから祝福されている自分は、逃げ場のないリアルな世界で孤独と不安に苦しんでいる多くの同世代の若者に比べれば、ずっとマシなのかもしれないと、我が身を振り返りつつ、同時に今日は誰とも会話していないことに気がつき、スマホに向かって思わず声を上げた。
「ハーイ、ビリー!」
スマホの画面が音声検索モードに切り替わった。
「明日の天気を教えて?」
「ア、シ、タ、ノ、テンキハ、ハレ、デス」
いつも通りの機械的な答えだが、ほんの少しだけ心が癒された。そのままアノンは心地よい眠気とともにベッドにゴロンと寝転がると、
「サンキュー、おやすみ」と、言ってスマホを枕元に置こうとした。普段ならそれでスマホも自動的にオフになるはずなのに、どういうわけかその日は違っていた。
「デモ、モシカ、スルト、ヨルオソクニハ、アメガ、フル、カモシレナイノデ、オリタタミ、カサヲ、モッテイク、コトヲ、オススメ、シマス」と、スマホが自発的に説明を付け加えたのだ。
「ーーあ、ありがとう」アノンは戸惑い気味にスマホをのぞき込みながらも、その反応がうれしかった。
「イエ、ドウ、イタシ、マシテ……」ビリーの声も気のせいか緊張しているようだった。
「じゃあ、おやすみ」と言って今度こそ、電源オフにしようとしたら、
くぐもった、ぎこちない低音が聴こえてきた。なんだろう?と最初はよくわからなかったが、数秒して、それが歌であることにアノンは気づいた。それは紛れもなく機械の音声が奏でるハッピーバースデイの歌だった。
「ハッピ、バース、デー、トゥー、ユー♩ハッピ、バースデイ、トゥーユー♫ハッピバースデー、ディア、アーノン🎶ハッピーバースデイ、トゥーユー♪」
不思議な余韻を残して、祝福の調べは夜の静寂にひっそりととけた。時計の針はちょうど12時を指している。一呼吸置いて、
「サンキュー、ビリー」、とアノンは瞳に涙を浮かべながらスマホを力強く抱きしめた。
でもその胸の中でスマホが小刻みにバイブしていることにはおそらく気づいていなかっただろう。了


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このストーリーに関するコメント

19/03/11 雪野 降太

拝読しました。
誰とも口を聞いていない日に思わず声を上げるという気持ちに共感できました。
読ませていただいてありがとうございました。

19/03/11 比些志

ありがとうございます。夢を追う孤独な若者であればAIだってきっと恋心を抱くに違いないという希望とエールを込めて書きました。

19/04/09 滝沢朱音

AIだって、きっと恋をする日がくるのでしょうね。きっとそれは遠くない未来で。
冒頭のボク=ビリーが誰だかわかったとき、心の共鳴とバイブ音との取り合わせに、きゅんとしました。
素敵なお話でした。

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