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吉岡幸一さん

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黒猫のおくりもの

19/03/06 コンテスト(テーマ):第166回 時空モノガタリ文学賞 【 おくりもの 】 ※時空作者による選考回 コメント:1件 吉岡幸一 閲覧数:80

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 黒猫はいつも港近くの郵便局の前で昼寝をしていた。よく晴れた日はポストの上で、曇った日はポストの下で、雨の日は姿をみせない。いつもといっても黒猫が来るようになってまだ二月ほどにしかならない。
 サトシは小学校からの帰り道、黒猫をみつけては眺めていた。大半は寝ていたのでただ眺めるだけだが、起きているときはポケットから煮干しを出して与えたりしていた。
 かなり歳なのかもしれない。黒猫はおとなしいし、動きもかなりのろい。人にも慣れていて、誰でも背中を撫でることができる。毛並みもよく手入れされていて、太っているので飼い猫ではないかと局長は言っていた。
 港といっても船は停泊していない。昔は漁船がいく艘もとまっていたそうだが、今はカモメの姿さえ滅多にみない。水溜りのような静かな海と人通りのない小さな田舎の町が残っているだけだ。
 郵便局の周りには乾物問屋や自動車の整備工場、シャッターのおりた商店、空き地、そして廃校寸前の小学校がある。空き地は年々増えていき、住人は年々減っていた。
 郵便局員は局長ただひとり、今年の春には定年をむかえる。サトシが学校帰りに立ち寄ると必ず局長も奥から出てくる。どことなくサトシに会うのを楽しみにしているようだ。ポストと黒猫を間にはさんで学校であった話しを聞きながらニコニコとしている。
 空が青くたかい日が続いたある日、黒猫の前には死んだ鼠が置かれていた。鼠の開いた口からは血が流れていた。
 サトシが発見し、出てきた局長につげると
「お礼のつもりじゃないかな。いつも可愛がってあげてるから」と、局長は寝ている黒猫の背中をやさしく撫でた。
「そうかな、見せびらかしたいだけじゃないのかな。すごいだろって」
 局長は否定することもなく微笑むと、両手でそっと鼠をすくって立ちあがる。
「裏にでも埋めておくか」と、言いながら局舎の後ろへと歩いていった。
 黒猫は無反応に寝ている。サトシはたるんだ背中を撫でながら、鼠を追いかけて活発に走りまわる黒猫の姿が思い浮かべられないでいる。
 それから黒猫は毎日、なにかしらの獲物を運んできた。雀やバッタ、魚や土竜などの獲物を運んできながら、それらを食べたりしないでポストのうえに置いていく。かわりにサトシから煮干しをもらって食べていた。獲物を持ってくるたびに局長はそっと裏に運んで局舎の裏に埋めているようだった。
「なあ、おまえはいつもどこからやって来てるんだ」
 サトシが聞いてみても黒猫は黙っている。気ままに尻尾をふってみせては欠伸する。
「俺なあ、夏になったら引っ越しすんだ。遠いところに行くから会えなくなる。おまえは俺がいなくなってもここに来るのかな。晴れた日は毎日ポストの上に乗って寝るのかな」
 黒猫は背中を丸めて寝るだけ。側にきた局長は「さびしくなるな」と、言って猫を撫でるようにサトシの頭を撫でる。
 人の来ない郵便局はいつも静かだ。じっと耳を澄ませば波音が聞こえてくる。宅配便のバイクがときどき通り過ぎていく。腰のまがった老婆が世間話をしにやってきては十円切手を一枚買って帰っていく。
 雨の日が続き、あまり黒猫に会えないまま夏がやってきた。引っ越しの前日に黒猫や局長に別れの挨拶をするためにやってきたサトシは、ポストの上にも下にも黒猫がいないことに気づいた。
 局長は手のひらの半分ほどのイタヤ貝の貝殻を渡し「これが今朝、ポストのうえに乗っていたんだ」と、戸惑ったように言った。
 この日はよく晴れていて、めずらしくカモメの鳴き声も聞こえている。こんな天気の良い日はかならずポストの上で寝ているはずなのに、貝殻一枚おいてどこかにいくなんて。サトシは最後の日に会えずかなしかった。
「餌になるようなもの以外を持ってくるなんて初めてだな。こんな食べられないようなものを持ってくるなんてどうしてしまったんだろう」
 局長は戸惑ったように頭を掻きながら港のほうを見つめる。
 あっ、とサトシは声をあげた。貝殻を裏返してみると、そこには黒い模様があった。
「ほら、みて。この模様、あいつの顔そっくりじゃない。黒猫の顔にそっくりだよ」
 まるで黒猫の影が写されたような黒い模様がある。くっきりとして、どこかとぼけたようなまるく黒い顔が。
「ありがとう」
 サトシは両手で貝殻を太陽に向かってかかげた。局長も顔をくっつけて一緒になって見あげる。まぶしい日差しを透した貝殻のなかで黒猫がいたずらっぽく笑っていた。


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このストーリーに関するコメント

19/03/06 雪野 降太

拝読しました。
老いた猫、老いた郵便局員、老いた港町――作中でたった一人の少年として登場する主人公が寂寥感を和らげていると感じました。また個人的には、『「おまえは俺がいなくなってもここに来るのかな。晴れた日は毎日ポストの上に乗って寝るのかな」』というセリフがとても好みで、去る者、残る者という構図が一人と一匹の存在感を際立たせていると思いました。
読ませていただいてありがとうございました。

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