W・アーム・スープレックスさん

性別 男性
将来の夢
座右の銘 作者はつねにぶっきらぼう

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19/02/27 コンテスト(テーマ):第166回 時空モノガタリ文学賞 【 おくりもの 】 ※時空作者による選考回 コメント:2件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:93

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「こんにちは」
 訪問者は丁寧に挨拶すると、応対に出た月波等の顔を、まじまじと見つめた。
 等は、ヤバイと思った。
 この男が宗教、または保険の勧誘にきたのなら、どうして断ればいいのかいまから案じる彼だった。だが相手が両腕でしっかり抱えている四角い箱をみると、相手が勧誘ではなく、何かのセールス目的なのを察して、なおさらヤバイと思った。それが新興宗教なら自分は仏教の信者で通せばいいし保険なら、すでにはいっているといえばなんとか凌げる。セールス目的となると、はっきり断り切れない気の弱さが等にはあった。げんに彼の家の押し入れには、これまで意に反して購入してしまった数々の品がたくさん押し込まれていた。しかしきょうは絶対、買うまいぞ。
 相手は笑顔まじりに、
「勧誘でもセールスでもないので、安心してください」
 男は手にした箱を、等の足元に置いた。
「これを、あなたにさしあげたいのです」
 等は、上り口のマットのうえにおかれた30センチ四方の、薄い緑色の紙に包まれた箱をみおろした。贈り物らしく、ピンクのリボンがかけられている。
「なんですか、これ」
「この箱には、あなたを幸せにするものが詰められています」
「ですから、どんなものですか」
「開けてごらんになれば、おわかりと思いますが」
「いりません。もってかえってください」
「いまのあなたは、幸せですか」
 いきなりいわれて等はたじろいだ。幸せなどという言葉を耳にしたのは何年ぶり、いや、過去に一度でもあっただろうか。
「幸せとは程遠い人生です」
 つい本音が出てしまった。
「この箱には、そのあなたを幸せにするものがはいっているのです」
「ぼくを幸せにするものとは、何なんですか」
「それは私にはわかりません」
「わからないのに、どうしてぼくを幸せにすることができるといえるのです」
「開けてみれば、わかるはずです。この箱には開けた人を幸福にするものが詰められているのですから」
「あなたはどうして、開けなかったのです」
「私よりも、あなに幸せになってもらいたいとおもって」
「こんな箱、その気になったらだれだって、簡単にあけられるでしょうに」
 等は、箱のリボンに手をかけると、それをほどきにかかったが、途中であわてて手をとめた。
「どうしたのです」
「いえ、もしこれをあけてしまったら、返品不可だといわれてむりやり買わされたらたまらない」
「そんなこと、死んでもいいませんよ」
「あとで、ゆっくり開けることにします。――なんなら、おもちかえりになっても、結構ですが」
「わかりました。これはここに置いていきます。どうぞ、お幸せになってください」
 男は一枚の名刺を等にわたした。
 『嵐福三』の名と連絡先が明記されていた。うらをみるとそこにはびっしり人名と電話番号が書き込まれている。ざっと見ても三十人はいそうだった。
「それは、これまでその箱を手にしたものの結局、開けることなく、他人にゆずることにした人々の名前です。過去にはまだその何倍もの人がいます」
「だれもあけることなく、次から次と人の手にわたって、いま、ぼくのところにきたというのですか」
「そういうことです」
 嵐福三は、あとはもう何もいわずに、たちさっていった。等の目には彼の、なぜかうれし気な表情だけがいつまでも焼き付いていた。
 等はしばらくのあいだ、その場にたたずみ、箱をながめていた。奇妙なことに、この箱があけるものを幸せにしてくれるときいてから、じぶんがこれまでさんざんなめてきた数々の不幸がおもいだされた。
 開けてみて、何もなかったら、それはそれでいいじゃないか。これまでためらいつづけてきた連中の気持ちが知れなかった。等は、ふたたび箱を手にすると、包んである紙をはがしにかかった。あらわれたのはおちついた茶色の、しっかりしたつくりの木箱で、彼はその箱のふたに手をかけた。すると、箱を伝ってなんともいえない幸福感がこみあげてきて、これまでの不幸がたちまち消え去ってしまうのを覚えた。手をかけただけでこれだから、すっかりあけはなったらいったい、どんな至福の状態がえられるだろう……
 等は、ふたにかけた手を、しばらくためらったあげく、結局しめてしまった。
 この至福の気持ちを、ひとりじめする気にはどうしてもなれなかった。むしろだれか、じぶんより不幸な人にゆずればこそ、それこそが最高の幸福というものだろう。
 等はふたたび包みなおしてリボンをかけた箱を抱えて、家をでた。いまの彼からみれば、どの人間も不幸にみえた。だからたずねる先はどこでもよかった。彼はもよりの家の玄関のドアをノックした。
「どなた」
 みるからに不幸そうな顔の男があらわれた。
「さあどうぞ、幸せになってください」
 等は抱えていた箱を、相手にさしだした。


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このストーリーに関するコメント

19/03/05 雪野 降太

拝読しました。
『幸せとは程遠い人生』と語る主人公の変容ぶりと、それをもたらした箱の異質さが際立つ作品でした。また、箱の始まりを知るであろう『嵐福三』という人物も謎めいていて、奇妙さが残る読後感でした。
読ませていただいてありがとうございました。

19/03/06 W・アーム・スープレックス

ありがとうございます。
この作品のようなどこか頭やら尻尾やらわからないようなストーリーは、個人的には好きなのですが、往々にしてひとりよがりになりがちなのがネックです。コメントをいただき、こういう見方もあるのかと、少しは視野が広がりました。

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