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浅月庵さん

笑えるでも泣けるでも考えさせられるでも何でもいいから、面白い小説を書きたい。

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ねずみ

19/02/27 コンテスト(テーマ):第166回 時空モノガタリ文学賞 【 おくりもの 】 ※時空作者による選考回 コメント:2件 浅月庵 閲覧数:234

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 午後十一時過ぎ。連日激務続きの私は、今日も残業を終えて独り暮らしの自宅に帰る。玄関扉を開けるやいなや、私は思わず鋭い悲鳴を上げたーー部屋のベッドの上で、何者かが倒れているのだ。
 私はその場で尻餅をついてしまうも、なんとか家を這い出てすぐさま110番をした。

 そして夜中から朝方にかけて警察から事情聴取を受けつつ、謎の人物の素性もその際に判明する。
 男の名前は横井忠文。年齢は三十九歳で、職業はデパートの警備員。私は彼に一度も出会った覚えは無かったし、自宅に帰るまで私は仕事をしていたので、勿論アリバイはある。
 ......実は彼は、何者かに殺されていたのだった。

 ただ死因は不可解なもので、男の首から胸にかけて大型肉食動物の爪のようなもので薙ぎ払われた傷が存在していた。さらに腰にも獣に噛まれた傷があり、凄惨な状態の遺体だったという。
 考えられるのは、何者かが横井を熊などに殺させ、その死体を車で私の家まで運んで来たという方法だ。
 ただ何故私の家なのか、どうやって家の鍵を開けたのか、依然として心当たりはなかった。

 勿論自宅には戻れないので、私は警察署近くのホテルへ泊まることとなる。上司に事件の詳細と一日休暇を頂く旨を伝えたのだが「大変なのはわかるけど、人手が足りないから無闇に休まれるのは困る」と、まるで人の心など存在しないかのような言いようで、さらに気持ちは滅入ってしまう。自らが抱えている仕事量は勿論把握しているけど、今日くらいはせめて労りの言葉をかけてほしかった。
 なんにせよ、明日は出社しないといけないだろう。食欲はなかったけど、最低限の飲み物や必要な物を買い揃え、後はホテルでできる限り体を休めようと思った。

 その道中、私は数日前に餌をあげた野良猫に出会った。その黒猫の左目は潰れていて開かず、右耳の一部が欠け、左前足に怪我をしていたので、私が包帯を巻いてあげたのだ。さらに気の毒だと思った私は、コンビニでキャットフードやミルクを買い、その子にあげていたのだった。
 私の家がペット不可なので、飼ってあげられないのは申し訳ないけど、また出会えたのもなにかの縁だと思い、私は再びその子に餌を買い与えた。私は黒猫の小さな頭を撫でながら、上司への不満を呟く。日頃から人使いが荒いこと、私たち社員のことを駒としか見ていないことを愚痴り続けると、私は途端に我に返る。そういえばこの間も私はこの猫に、不平不満を聞いてもらっていたな。
 自身の胸中に募る一線を越えた暗黒の思いを、言葉にせずなんとか飲み込むと、私は猫と別れホテルへ戻ることにした。

 そして次の日、会社へ向かうと上司の姿はない。私に対しては無闇に休むなと釘を刺していたくせに……ふざけるな、と怒りが沸々湧いてきた。
 だけどその感情は、朝礼後に私の携帯へ届いた一本の電話によって、一瞬で萎えてしまうのだ。

 それは警察が不在の合間を盗み、昨日横井忠文が亡くなった私の部屋へ、今度は上司の死体が同じ殺され方をして放り込まれていたという連絡だった。
 私はあまりのショックで目の前が真っ暗になると、会社のトイレで卒倒してしまった。

 ……目を醒ますとそこは病院のベッドの上で、目の前には両親の顔があった。遠方から私の身を案じて駆けつけた二人は私に「実家へ帰ろう」と言った。私は知らぬ間に丸三日も寝ていたそうで、そこで心身ともに限界がきていることを悟った。

 ーーあれから二年の月日が経ち、私は仕事を辞めて家を引き払い、実家の農作業を手伝いながら生活している。
 結局私の身に起きた事件は、未だ解決していない。

 ただ私は、一つの臆測を立てている。
 後からわかったことなのだが、横井は街中で偶然見かけた私に一目惚れをし、亡くなる二ヶ月前からストーカー行為をしていたそうだ。
 犯人はわからないまでも、日頃から誰かの視線を感じるストーキング被害に困っていた私は、あの日出会った猫に愚痴を溢していた。猫の頭を撫でながら私は「ストーカー野郎なんて死んじゃえ」と念じていた。上司に対する恨み節を唱えたときも、口には出さずとも同様のことを願っていたのだーー。

 私の優しさに触れたあの猫はもしかしたら妖の類いであり、自由自在に姿形を変えられるのかもしれない。
 そして私の負の感情を読み取った猫は巨大・狂暴化し、横井と上司を殺したのかもしれない。

 ……猫は恩義を感じた相手に対し、おくりものをするという。
 あの子は彼らをおくりもののねずみとし、腰の辺りを咥えて走り、私の元へ届けてくれたのではないか。なんて、誰にも見つからず、鍵のかかった部屋に侵入した答えにはなっていない荒唐無稽な考えではあったが、それが一番腑に落ちるような気がしてならなかった。

 ーーその証拠に私は、すっかり猫が怖い。


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このストーリーに関するコメント

19/03/05 雪野 降太

拝読しました。
帰宅したら裂傷のある死体が横たわっている、というのは血の凍るような恐怖体験ですね。昔話の『火車』のような結末かしらと思っていたら、猫の恩返しかどうかという内容で興味深く読ませていただきました。
読ませていただいてありがとうございました。

19/04/09 滝沢朱音

愚痴を聞いてくれて、相手に仕返しまでしてくれる猫ですか…!
残忍だけど、ひどく悩んでいる人にとっては最高の贈り物かもしれませんね…。怖い…!
ラストの一文も効いていて、面白かったです。

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