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笹峰霧子さん

毎日一眼レフで写真を撮っています。 只今俳句を勉強しているので毎日更新しています。 https://kei9594wa.exblog.jp/

性別 女性
将来の夢 今年は健康志向で生活が回っています。 もっと元気になって余生の孤独を楽しめるような工夫をしたい。
座右の銘 周りと共調しながらも 何事にも動じない心境。

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神様からのおくりもの

19/02/23 コンテスト(テーマ):第166回 時空モノガタリ文学賞 【 おくりもの 】 ※時空作者による選考回 コメント:4件 笹峰霧子 閲覧数:257

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 母が勤めていた官庁を退職したのは72歳だったように記憶している。
母は医師だったので年齢制限はなかったがそろそろ休みたいと思ったのだろう。
母が退職した時、私は第一子の長女を出産していた。二年後に次女も生まれた。

 ワタシは家で中学生に勉強を教える仕事をしていたので昼間は暇だったが、
母が退職してからは二人の幼児は夕食まで母の部屋で過ごしていた。

 母の家はスープの冷めない距離にあり、私も何かあるとすぐに母の家に駆けこんでいた。
母は96歳まで生きたので、幼児が可愛い年頃を存分に楽しんだといえよう。
時々思い出したように言ったものだ。
「あんたに他のことではないが、たった一つありがたいと思うことがあるよ」
それは二人の孫を産んでくれたことだと言った。母はいつもこう言った。

「かたかたと下駄の音がして、向こうの家からあの子らがやって来るのが目に浮かぶようだよ」と。

 そう言われたとき、私はそんなもんかなあぐらいに受け止めていたものだ。
母は孫が二十代後半になる頃に病院で最後を迎えた。
見舞うこともままならぬ孫のことを思い出しただろうか。

 母が亡くなるのと入れ替わるように、娘に子供が生まれた。

 ワタシは娘の住んでいる遠い婚家先の町まで12時間かけて手伝いに行った。
長い滞在の間には孫はぐんぐん成長していった。
声を出した、万歳をした、と新しい発見がある度にみんなで喜んだものだ。

 生後半年経った頃、事情あって娘一家は関西に移った。
娘は仕事を始めたので、土日以外は守りをし、食事を作るのは私の役目だった。

 産後の娘はかなり荒れていて、そのいらいらは私に向けられたが
小さい孫をだっこしたり、乳母車に乗せて散歩したりした時間は私にとって十分幸せをもらった年月だった。

 転居先は都会だったので近所との触れ合いはなく
 私が癒されるのは赤ん坊→幼児→小学生の間養育に関わった孫だけだった。

 可愛いことを言う子だった。それは生まれつきのような気がした。
ハイハイしていたころから、目が合うと必ずにこっと笑った。

 ワタシの存在はママの半分ぐらいだったろうが、自分の意思で思いを伝えられるようになると
ママは大好きだけど婆もおんなじほど大好き、と言った。

 お風呂も私と入ると言い、小学校高学年まで続いた。
娘がからかい半分で汚い言葉を投げかけると、必ず孫がフォローした。

 この春から孫は中学三年生になる。私の家にはお盆と正月に二人でやって来る。
最近は勉強に精を出しているので、甘ちゃんのような言葉は発しないし
私もあれこれ世話をするほど元気でもなくなった。

 でも二人が自分の家に帰る前日になると、ここに棲みたいなあと母子が口を揃えて言う。
犬も一緒に来るが、庭を猛スピードで駆けたり、勢い余ってぴょ〜んと飛んだりもする。

 孫は別れるとき泣きべそはかかなくなったが、
犬はあちらに帰って数日は機嫌が悪かったそうで、相当そっちの居心地が良かったんやろと娘は言っていた。

 今の私は母が言っていた孫の思い出話に十分共感できる。
可愛くてたまらない時期は長いようで過ぎてみれば短い。
もうあの時のあの子は居ないんだと思うと寂しくて胸がキューンとして泣きそうになる。

 それを言うと、本人も嫌がるし、娘は「いつまでも小さいままでもいけんしな」と言うので、私は思い出し笑いをする。
やがて孫も大人になって、別の優しさを見せてくれるのだろう。


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このストーリーに関するコメント

19/03/04 雪野 降太

拝読しました。
母、自分、娘、孫、と世代を経て共有される視線や感情が魅力的でした。また医系技官に定年がないことを初めて知りました。勉強になりました。
読ませていただいてありがとうございました。

19/03/04 笹峰霧子

雪野 降太さま

コメントをありがとうございました。
最近になって又このサイトへの投稿の意欲が少し出たので
これから書けるテーマが出た時には頑張って書きたいと思います。
どうぞよろしくお願いいたします。

19/04/09 滝沢朱音

孫への思いというものは、子どもへのそれとは、やはり全く違っているものなのでしょうね。
いつかその時期がきて初めて実感できるであろう思いを、このお話を通じて追体験できたように思います。
「かたかたと下駄の音がして…」のセリフに、胸が締め付けられました。とても素敵なお話でした。

19/04/09 笹峰霧子

滝沢朱音さま

コメントをありがとうございました。
孫というものは生まれてみないとわからないもので、母が孫のことを言ったときには耳を素通りしていました。
友人から孫の写真を送られたときも同じです。ところが遅くに産まれたたった一人の孫を共に育てるようになったとき、その可愛さは自分の子とは全く違ったものでした。母や孫を持つ皆さんが口を揃えておっしゃっている意味がようやく分かる心境でした。でも少し大きくなるとその意見も又違って来るようです。その時は寂しいだろうなと思うのですが、あの子に限って・・と思っている昨今です。

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