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R・ヒラサワさん

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挨拶の品

19/02/19 コンテスト(テーマ):第166回 時空モノガタリ文学賞 【 おくりもの 】 ※時空作者による選考回 コメント:4件 R・ヒラサワ 閲覧数:197

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 半年ほど空いていた隣の部屋に、新しい住人がやって来たのは、日曜の午後の事だった。久々に私の部屋のチャイムが鳴ったのだ。
「ごめんください」
 ドアを開けて声の主を確かめてみると、それは二十代後半ぐらいと思しき綺麗な女性だった。
「すみません突然。私、隣に引越して来た者なんですが、ご挨拶にと」
「ああ、そうでしたか。それはご丁寧に」
 最近では引越しの挨拶も珍しくなった。特にこのマンションは、ワンルームの割に広めではあるが、住人の殆どは単身者のようなので、おそらく挨拶に回った者も少ない事だろう。
 女性は私と短い挨拶を終えた後、同じフロアにある他の二軒も訪ねたいと言い出したので、一軒は会社の事務所に使っている様だし、残りの一軒も滅多に住人を見かけないので、挨拶は要らないのではないかと伝えた。
「そうですか。どうもすみません、ご親切に」
 そう言って軽く微笑む女性の目は、とても優しい印象だった。挨拶の品として、私はのし紙付きの石鹸を受け取った。
 それから数日後、仕事帰りの私は女性と通路ですれ違った。その隣には男性の姿があり、女性が軽く会釈した後、二人は部屋の中へと消えていった。その時の雰囲気からして、二人は恋人同士なのだろうと、私は思った。
 このマンションは三階建てで、ワンフロアが四軒、全戸十二軒の小さな建物だ。最上階にあるこの部屋は、階下の音は上がってこないが、隣同士は多少音漏れがあるようだ。これは以前隣に居た住人が、音楽を結構な音量で聴いていて、それが時々聞こえてくる事があったので知っていた。
 数日後、夜中に隣から大きな声がした後、乱暴にドアを閉める音、そして大股で歩く靴音が廊下に響き、それは徐々に遠ざかっていった。隣の二人は喧嘩をしたに違いない。
 次の日は平日だったにも関わらず、帰宅後しばらく経ってから、隣の女性が訪ねてきた。
「昨日はすみません。とてもうるさかったんじゃないですか?」
「いいえ。特に気にならなかったですよ」
 音漏れに気付かないフリも出来たのだが、いずれ分かる事だったので、正直に答えた。
「とにかく、すみませんでした」
 もう一度頭を下げた女性は、私に菓子包みを差し出した。それは引越しの時よりも少し大きい物だった。
「なんですかこれは?」
ちょっとした喧嘩の物音ぐらいで大袈裟だと思ったので、あえてそう聞いた。
「ご迷惑をおかけしたので、お詫びの品です」
「そんな。これぐらいの事で……」
「いえ、私の気が済みませんから、どうか受け取ってください」
 その言葉におされるまま、包みを受け取った。女性が帰ったあと中身を見てみると、高級な洋菓子のセットが入っていた。こんな時に単身者に渡すには、あまり高価な物だった。
 さらに数日後、今度は夕方にドスンと大きな音がして、同時に少し床が揺れた気がした。
 声は何も聞こえず、隣の女性も訪ねては来なかった。きっと家具でも動かしている最中に誤って倒しでもしたのだろうと私は思った。
 しかし、内心女性の訪問を期待している部分が少しあった。綺麗な人に会えるのは嬉しい事だ。だからと言って日常の物音ぐらいでお詫びに来る筈も無く、これは我ながら馬鹿な考えだと思った。
 次の日、仕事から帰ってしばらくすると、結局女性はやって来た。手に持っていたのは、前回と同じ高級洋菓子の包みだったが、更に少し厚みを増している様に見えた。
 正直なところ女性の訪問は嬉しかったが、過剰な気遣いは遠慮するべきだと思った。
「昨日は済みませんでした。とても大きな音を立ててしまって」
「そんな、全然気に……」
「いいえ! 絶対に聞こえていた筈です!」
 私の話を遮って、女性は大きな声で言った。
その目には最初の時に見た優しさはなかった。
「いいんです、仕方ありませんから。聞こえてしまったものは。でも、もう大丈夫です。大きな声も物音も、今後は一切出ませんから」
 私に話す隙を与えないまま、女性は菓子の包みを押し付けて帰って行った。
 以前にも増して気になった包みを開けてみると、前回と同じ菓子のセットの底の部分から、封筒に入ったお札の束が出てきた。
 私はしばらく思案した末、女性が渡した菓子包みの本当の意味を悟った。
 その日以来、大きな声も物音も無くなり、女性も全く訪ねて来なくなった。その後は何の変化も無い平穏な日が続いた。
 唯一、変わった事と言えば、女性が数回に分けて大きなスーツケースを運んでいた事ぐらいだ。


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このストーリーに関するコメント

19/03/03 雪野 降太

拝読しました。
隣人からの不釣合いなほど高価な返礼品。口止め料なのか、あるいは……不可思議なおくりものに主人公が悟った『意味』とは何だったのか。そんなことが気になる作品でした。
読ませていただいてありがとうございました。

19/03/03 R・ヒラサワ

イト=サム・キニー 様

コメントいただき、ありがとうございます。
隣人からの返礼品は、お察しの通りです。その後の主人公の行動は、隣人に対する感情によるものと言う事で。
読んでいただき、ありがとうございました。

19/04/09 滝沢朱音

若い女性との甘〜い展開を予想していたら、なぜだかバージョンアップしていく贈り物とその意味にゾクゾクしました。「大きな声も物音も、今後は一切出ませんから」のセリフの恐ろしいこと…!面白かったです。

19/04/09 R・ヒラサワ

滝沢朱音 様

コメントいただき、ありがとうございます。
世の男性は若い女性に甘く、また男性に限らず、丁寧過ぎる相手には、こちらが恐縮してしまい、普段通りの対応が取れない様な、そんな部分も含め書いてみました。
意図した部分がお伝え出来た様で嬉しいです。
読んでいただき、ありがとうございます。

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