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青苔さん

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シャボン玉、はじけた

19/02/18 コンテスト(テーマ):第165回 時空モノガタリ文学賞 【 弾ける 】 コメント:1件 青苔 閲覧数:170

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 シャボン玉が、昔から好きだった。
 きらきら、ふわふわしているところが好きだった。こことは違う世界のようで好きだった。
 だから、シャボン玉の液を作る時から、わくわくしていた。
 ガスコンロの前に踏み台を持ってきて、その上に登って、鍋でお湯を沸かす。沸騰したら火を止めて、きちんと火が消えたかどうか確認する。これはとても大切なことだ。
 それから、コンロの脇に置いてある容器から砂糖をひとさじすくって、鍋の中に入れる。スプーンでぐるぐるかき回すとすぐに砂糖は溶けて見えなくなる。
 そこへ洗剤を少し垂らして、ゆっくり混ぜる。これで液は完成だ。
 あとは、こぼさないようにスプーンでお気に入りの容器に入れ替える。
 もちろん後片付けも大切なことだ。踏み台を流しの前まで移動させて、鍋とスプーンをきれいに洗う。少しでも汚れが残っていてはだめだ。きっともうシャボン玉液を作らせてもらえなくなる。
 シャボン玉液の入った容器とストローを持って、さっそく庭へ出る。
 ストローの先を液に浸したら、あとは優しく吹くだけだ。
 ストローの先から、みるみる透明な玉があらわれて、それはストローから離れ、空へ向かって飛んでいく。
 太陽に照らされたシャボン玉は、きらきらと七色に光り、ゆらゆら揺れる。揺れるシャボン玉を見つめていると、そこには見たことのない、不思議な世界が広がっていた。
 大きなお城とたくさんの人と舞いあがる風船と。お祭りのように、陽気な音楽も聞こえてくる。
 気が付くと、そこは見慣れた家の庭ではなく、シャボン玉の中に見えた見知らぬ町だった。
 大きなお城は砂糖菓子のように甘い匂いがして、町の人たちは踊ったり跳ねたり手を打ち鳴らしたりしている。
「今日は女王様の生誕祭だよ。みんな、おおいに楽しもうではないか!」
 そう言って、近くにいた人が持っていたグラスを高々と持ち上げた。すると他の人たちもグラスを持ち上げてそれに呼応する。
 そうか、今日は女王様のお誕生日なのか、と納得して、踊りの輪に加わる。一人くらいよそ者がまぎれていても、気にする人は一人もいない。
 踊り、歌い、お菓子ももらって、楽しい時間を過ごした。
「それで、女王様はどちらにいらっしゃるのですか?」
 隣でレモネードを飲んでいた人に尋ねると、笑ってこう答えた。
「女王様はどこにもいらっしゃらないよ。これからお生まれになるのだからね」
 そういうものかと納得して、その人にレモネードを分けてもらう。冷たくて、甘くて、とてもおいしいレモネードだった。
 そして、ずっとここにいたいな、と思った。
 家に帰れば、お菓子も甘い飲み物も無いし、歌ったり踊ったりすることもできない。今日の食事があるかどうかも分からない。母さんは今日帰ってくるだろうか。父さんは今日もお酒を飲むのだろうか。帰ってきたら、できるだけ息をひそめていなくてはいけない。怒られないように、たたかれないように。
 ただ、シャボン玉だけが心を慰めてくれた。
 空を見上げると、吹いたシャボン玉がいくつも浮かんでいる。そのシャボン玉の中にも大きなお城があって、たくさんの人が踊り、女王様の生誕を祝っている。
 ここはシャボン玉の中だ。
 たくさんあるシャボン玉の中の一つで、どのシャボン玉の中にも、このお祭り騒ぎの町が広がっている。
 空を覆っているきらきらの膜がパッとはじけると、すでに別のシャボン玉の中にいる。シャボン玉の中の町を渡り歩いている。シャボン玉はまだたくさん空に浮かんでいる。日はまだ高い。まだ遊んでいられる。
「女王様は、いつお生まれになるのですか?」
 近くで踊っていた人に尋ねると、少し首をかしげてから、こう答えた。
「そうだねえ。多分、今日中にはお生まれになると思うよ」
 きっと、誰も知らずにお祝いをしているのだ。食べて飲んで歌って踊って、楽しいお祭りが好きなのだ。
 風がびゅっと吹いて、シャボン玉の町は屋根まで飛んでいく。いくつかのシャボン玉はパッとはじける。
 まだここにいられるだろうか、女王様に会うことができるだろうか、と少し不安になりながらも、その不安を吹き払うように、よりいっそう大きな声で歌った。
 どれくらい、そうしていただろうか。
 そばを通りかかった男の子が空を指さして叫んだ。
「ほら、見て! もうすぐ祝砲が聞こえるよ」
 広場に集まっていた人たちが男の子の指さす方を見上げると、夕日に映えてきらきら光るシャボン玉の膜がはじけようとするところだった。
 それは最後のシャボン玉の膜だった。
 それから数時間後、庭で倒れている子供を見つけたのは、新聞配達のお兄さんだった。その時には、子供はもうすでに息を引き取った後だったが、少し微笑んだようなその顔を見て、どこか夢の国ででも遊んでいるのかねえ、とお兄さんは呟いた。


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このストーリーに関するコメント

19/03/01 雪野 降太

拝読しました。
『お菓子や甘い飲み物』を恋しく思いながらも、砂糖を使って作るのはシャボン液というところに主人公が真に望むものを垣間見させる構成が素敵でした。
読ませていただいてありがとうございました。

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