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冬垣ひなたさん

時空モノガタリで活動を始め、お陰さまで5年目に入りました。今まで以上に良い作品が書けるよう頑張りたいと思いますので、これからもよろしくお願いします。エブリスタでも活動中。ツイッター:@fuyugaki_hinata プロフィール画像:糸白澪子さま作

性別 女性
将来の夢 いつまでも小説が書けるように、健康でいたいです。
座右の銘 雄弁は銀、沈黙は金

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雑草の実がはぜるように、生きてみたい

19/02/18 コンテスト(テーマ):第165回 時空モノガタリ文学賞 【 弾ける 】 コメント:2件 冬垣ひなた 閲覧数:140

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 午後の寒空には、粉雪がちらつき始める。6歳になる優菜の手を引いて、閑散とした公園の散歩道を歩く芹香は、しきりに足を止める娘を不思議に思う。
「何か気になる?」
「あのね、しあわせを探しているの」
 哲学的に語る娘のあどけない瞳に、瑞々しい光が宿っている。親馬鹿を承知で褒めるが、この子は芸術家肌なのかもしれない。先ほど絵画教室の無料レッスンを体験したところ、うっとりとした表情を浮かべ、優菜はすっかり習うつもりでいるようだった。拙いメロディーを口ずさみ、「また行きたいな」と念押しする愛娘を前に、芹香は返事を飲み込んだ。
 昨年、マイホームを25年のローンで購入してからというもの、夫婦そろってお金のやりくりには慎重になった。こんな些細なきっかけでも、かつて職を失った経験が蘇り、重苦しく人生の行く手を遮る。
 でも今日はいつもと違う。
 絵筆を握り、夢を描く優菜の輝いた笑顔を、芹香はもう一度見たいと願っていた。


 優菜を身ごもった時、夫の圭太は穏やかな口調で言ったものだ。
「芹香は疲れているんだよ、この機会に家庭に専念したらどうだろう。子供が健やかに育っていく環境を作ることは、今の職場にこだわるより余程いいんじゃないかな」
 生命保険会社に勤めている彼は、家族のライフプランにも余念がなかった。芹香は、自分が家庭を選んで退職することに、特に不満や後悔を覚えたことはなかったはずだ。
 しかし時折現れる夢に気だるい朝を迎えるのは、彼に言わずにいた心の鈍痛が気になるからだろうか。
 休日にリビングで圭太と話し合う時間を設けてはみたが、彼は予想通り渋い顔をした。
「絵画教室ねえ。優菜には少し早いんじゃないのか?」
「もっと小さな子供たちも、とても上手だったわ」
「優菜だってもうすぐ小学生だ。そのうち塾だって行くかもしれないし、余計な支出は抑えないと」
 庭で遊ぶ優菜から目を離し、芹香は圭太の座るソファの隣に腰掛けた。ここからが本題である。
「それで、絵画教室に行かせるためにも、私が外で働こうかと思うんだけど」
「君が?」
「私だって圭太にいつまでもおんぶに抱っこじゃいられないよ」
 圭太は、思案するように長い間押し黙っている。やがて出た言葉は、遠回しな却下だった。
「そんなに無理をしなくても、今だって君は十分、家族のために頑張っているじゃないか」
 芹香は首を横に振った。
 花壇に整然と並ぶ草花のように、今の暮らしは満ち足りていた。
 なのに、何か欠けている。
 それは芹香自身にしか埋められない穴だった。 
「経済的な事だけじゃないの。あの時のわだかまりを捨てて、自分なりに前へ進みたいから」
 芹香は短期大学を卒業後、念願の中学教師になった。ところが現実は厳しく、時間外勤務に忙殺される一方だった。同僚が過労で倒れたこともあり、芹香が思い切って学校側に待遇の改善を訴えたものの、周囲の対応は冷たかった。芹香はかえって教育現場から爪弾きされるようになり、圭太の勧めもあって妊娠を機に教職を辞めたのだった。
「絵画教室の先生は、とても楽しそうに教えていたわ。私、羨ましかった。忘れかけていた子供たちの笑顔がそこにあったから」
 ふと、情熱に満ちていた頃の記憶が、芹香の中に蘇った。後悔があるとすれば、理不尽な大人の世界に対してではない。
「馬鹿だな、私。夢を失くしたなんて人のせいにして。忘れ物を取りに戻らなくちゃ」
「芹香……」
「ママ、見つけたよ。しあわせ」
 リビングに駆けてきた優菜が、泥だらけの小さな手を開いて見せる。
「ほら、四つ葉のクローバー」
 凄いねと言いかけて、芹香がよく見てみると、それはクローバーに似たカタバミの葉だった。確かに四つ葉のカタバミも珍しくはある。
 パチッと種を弾けさせては、我が物顔で庭を侵していくカタバミを、煩わしい外敵であるように芹香は考えていた。雑草として引き抜くたび、後ろ向きの感情に囚われていたのに。
「ママにあげる。元気がないのは、しあわせが足りないからって、テレビで言ってたもの」
 あんなに嫌っていたカタバミの葉は、今は小さなお守りのように芹香を力づけてくれる。
「圭太。私……」
「分かった。君の好きにすればいい」
 圭太は納得したように膝を叩いた。
「ごめん。あの時、俺が口出ししたことで、肩身の狭い思いをしたかい?」
「いいえ。私は世間に弾かれたわけじゃない、熟して弾けただけ。蒔かれた幸せの種は十分に育ったもの。私にとっての四つ葉は、あなたと優菜よ」
 勢いよくはぜたカタバミの実は、アスファルトの隙間にでも逞しく繁殖する。その知恵を今は見習おう。芹香は肩の力を抜いて、屈託のない笑顔を見せた。
 家族の笑い声がこぼれる窓の外で、季節外れの巣作りをする鳩が、枝を咥えて力強く大空へ飛び立っていった。

 


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このストーリーに関するコメント

19/02/28 雪野 降太

拝読しました。
家族にきちんと配慮する主人公の姿勢に好感が持てました。外の世界に希望を感じる勢いも相まって、カタバミの花言葉も活かされた作品だったと感じました。
読ませていただいてありがとうございました。

19/03/06 冬垣ひなた

雪野降太さん、お読みいただきありがとうございます。

現在が幸福だと、ネガティブな過去に目を向けるのはなかなか難しいことです。その上で主人公を支えてくれる、柔軟な家族の形を描きたいと思いました。カタバミの花言葉(「喜び」「輝く心」「母のやさしさ」)に気を留めていただき嬉しく思います。これからも心理描写を丁寧に書いていきたいです。

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