1. トップページ
  2. スプリング ハズ カム

そらの珊瑚さん

🌼初めての詩集【うず】を上梓しました。  (土曜美術出版販売・現代詩の新鋭シリーズ30) 🌼小説や詩、短歌などを創作しております。 🌼作品を置いています。よろしかったらお立ち寄りくださいませ。 「珊瑚の櫂」http://sanngo.exblog.jp/14233561/ 🌼ツイッター@sangosorano 時々つぶやきます。 🌼詩の季刊誌(年4回発行)「きらる」(太陽書房)に参加しています。私を含めて10人の詩人によるアンソロジー集です。アマゾンでお買い上げいただけます。      ✿御礼✿「馬」のオーナーコンテストにご参加いただきました皆様、ありがとうございました。

性別 女性
将来の夢 星座になること
座右の銘 珊瑚の夢は夜ひらく

投稿済みの作品

0

スプリング ハズ カム

19/02/18 コンテスト(テーマ):第165回 時空モノガタリ文学賞 【 弾ける 】 コメント:2件 そらの珊瑚 閲覧数:177

この作品を評価する

ここにいると季節がない。快適で、だけど虚しい。

 鏡を見る。いつのまに、こんなおばあさんになっちゃたんだろ、あたし。

 高級老人ホームっていったって、狭いワンルームに押し込められて、ああ、息が詰まりそう。
 たとえばここは宇宙船。機械が壊れたせいで、酸素が薄いからそっと息を吸うしかないのだ。どこへ向かっているんだろう。月、だろうか。月は地球より重力が弱いから、きっと月へ行けばあたしもちょっとは身軽になるだろう。
「白鳥さん、洗濯物タンスに仕舞っておきますね」
 ヘルパーさんがやってきて、あれこれ世話を焼いてくれる。今日の人は若い娘さん。肌なんかピカピカで、たやすく水を弾くだろう。
「ねえ、あなた、ちょっとここに座ってみて」
 娘さんをドレッサーの前に座らせた。
「あなた、なんでお化粧しないの? もったいないわ。さあ、あたしの口紅つけてみて。一応舶来物よ。気に入ったら貰ってくださらない? もうあたしには似合わない色だから」
「せっかくですけど、私、お化粧に興味ないので」
「そんなこと言わないで。ピンクの口紅つけて、デートにでも行きなさいよ」
「デートですか? 相手、いないですから」
「なんで?」
「なんで、と言われましても、好きな人、いないんで」
「そう、さみしいわね」
「いいえ、特に。今まで男の人を好きになったこと、ありませんし。だからといって女の人を好きになったこともありません。人を信用していないんです。おかしいですか?」
 娘さんは、鏡越しにあたしを見つめて、少し微笑んだ。
「おかしかないわ。そういわれれば、あたしも本当のところ、男を愛したことなんてなかったのかもしれない。三度、結婚して、三度も別れた。恋だの、愛だの、した気になっていたけど、今となっちゃ全部錯覚だったのかもしれないわね」
 
 いろんな思い出も、あたしとおんなじ、古いパンツのゴムみたいに伸びきってしまった。

「でも白鳥さん、お子さんがいるんでしょう。お子さんのことは愛していたのじゃないですか?」
 そうだった、幸と名づけた女の子を、あたしは産んだのだった。生涯でたった一人のあたしのこども。あの子は今、幸せだろうか。あたしはなんて馬鹿なことをしてしまったんだろう。子を捨てて、男を取った。
「あたしに愛してた、なんていう資格はないわ」
「そうでしょうね、母はあなたに捨てられたんですよね」
「えっ、どういうこと?」
「私の母は、あなたの娘、幸なんです。入居者名簿を見た時、まさかと思ったのですが。こんな巡り合わせってあるんですね」
 ああ、なんてこと。目の前の娘さんが私の孫だなんて。
「ごめんなさい。今更謝っても取返しなんてつかないわね」
 おかあさんは元気? と聞きたいけれど聞けなかった。
「母が幸せだったかどうかはわかりません。シングルマザーでしたから。でも私のことは愛してくれました。ただそれだけです。それだけが言いたかったんです。母を褒めてください。私、今日でここを辞めるんです」
 いよいよ酸素が薄くなってきたようだ。
 胸がどきどきする。
 重力があたしをがんじがらめにする。
 ベッドにへたりこんだあたしの背中を娘さんがしばらくさすってくれて、少し気分が落ち着いた。
「ありがとう」
「お礼だなんて。仕事ですから」
「そろそろ桜が咲きそうですね」
「春が来るのね」
 もう何十回という春がやってきては去っていった。
 そうしてあたしは思い出した。
 幸を産んだのも春だったことを。
「スプリング ハズ カム」
 娘さんはあたしの知らない英語を話し、出ていった。

 すぷりんぐはずかむ……。意味さえ分からないその言葉を、あたしはお経のように唱え続けた。


コメント・評価を投稿する

コメントの投稿するにはログインしてください。
コメントを入力してください。

このストーリーに関するコメント

19/02/22 雪野 降太

拝読しました。
重力を振り切って遠くに来たはずなのに、酸素が薄くて息苦しい……四季のない世界に弾き出されたような主人公の孤独が印象的でした。
読ませていただいてありがとうございました

19/02/28 そらの珊瑚

イト=サム・キニーさん
お読みいただき、またコメントもありがとうございました!

ログイン