1. トップページ
  2. 手花火オフィス

アシタバさん

未熟者ですが宜しくお願いします。

性別 男性
将来の夢
座右の銘

投稿済みの作品

1

手花火オフィス

19/02/17 コンテスト(テーマ):第165回 時空モノガタリ文学賞 【 弾ける 】 コメント:2件 アシタバ 閲覧数:222

この作品を評価する

 日付が変わったというのに二人の社員が職場に残って残業と格闘を続けていた。明かりも控えめのオフィスでパソコンのタイピング音がカタカタと鳴り響く。ふとその音がやんでかわりに女の溜息がした。
「嗚呼、疲れた」
 椅子の軋む音、肩の骨を鳴らす音もする。
 それに呼応するかのように今度は書類をめくる音がとまり、もう一人、オフィスにいた男が分厚いファイルから目を離して、女に声をかけた。
「ちょっと休憩しようか」
 男は給湯室へいき、すぐに湯気のたつ二つのマグカップを手に戻ってきた。
「ありがとうございます先輩」「ご苦労様。かなり疲れているね」
 男が労をねぎらうと女は力なく微笑む。
「ここのところ仕事量が多くって」
 男は疲労が色濃い後輩を心配になったが、唐突に手をポンと叩いた。
「そうだ、息抜きがてらちょっと面白いものを見せてあげよう」
 そう言うと男は椅子から立ちあがり、女の目の前に立った。次に自分の両手のひらをまるで『僕の手相を見てください』と言わんばかりに女のほうにむけた。
「何ですか?」
 女が訊ねた瞬間、男の手のひらからポウッとした光が飛びでてきた。
「なにこれ!」
 びっくりして女は目を丸くするがその光は構いもせず、彼女のまわりをフワフワと飛びまわりはじめた。その光は奇妙であったが、よく見れば美しくもあり、例えるなら蛍のようであった。
 男はその光にむかって命令を下す。
「弾けろ」
 すると光はパンという小気味いい音をたてて破裂した。弾けた光は赤、青、黄、と色とりどりの輝きをちりばめて最後は空気に溶けて消えていった。まるで一瞬、光の花が咲いたような、それは紛れもなく夏によく見るあれだった。
「花火ですかこれ?」
「正解」と男は悪戯っぽい笑みを浮かべる。
 男の話によると、男の先祖は『手花火師』というものだったらしく、手花火師とは手から小さな花火を生み出して人々を楽しませる旅芸人だったそうだ。手花火師は記録らしい記録もないまま、ひっそりと滅びた者達である。男は子供の頃にこれを祖母に教えてもらったという。
「先輩は魔法使いですか?」女の率直な感想を聞いて男は噴きだした。
「魔法とは違うよ。誰もができないと思い込んでいるだけで、本来は誰にでもできることなんだよ」
 ただ、ちょっとしたコツは必要だけどね、男はそう言うと女に手花火のやり方を教えてくれた。すると女はものの三十分ほどで手のひらから光がでるようになった。
「すごい、すごいです!」
 いつの間にか二人は仕事そっちのけで手花火を練習しだした。しかし、女は光を生みだせるようになったものの、その光を弾けさせることはできなかった。
「どうして駄目なんですか?」
「これが手花火最大のコツだけど、光を弾けさせる時、とっても嬉しい気持ちや楽しい気持ちになってないと駄目なんだよ」
「嬉しい気持ちですか?」
「うん、自分の弾けんばかりの気持ちが光を弾けさせる、と言っていいかな」
 男の説明に女は納得した顔になったが、すぐに嘆息した。
「じゃあ、わたしには無理ですね。仕事ばかりでこれといった趣味もないし、楽しいことなんて全然ないです。つまらない人間ですよ」
 女が暗くなってしまったので男は慌ててなんとか励まそうとする。
「楽しいことや嬉しいことなんて意外と簡単に見つかるさ。手花火だって無理だと思っていたけど簡単にできただろう? それに君は辛い仕事でも手を抜かず、一生懸命、丁寧にこなしているじゃないか。君は素敵な人だと思うよ。あ、もちろん先輩としてね」
 女はその言葉を聞いて頬が少し赤くなるのを感じた。
「わたしも先輩のそういう、いつも前向きで明るいところ、いいと思います」
 今度は男が気恥ずかしそうに頭をかいた。妙な沈黙が流れて、それが徐々に尾を引くと、男はかき消すように手を叩いた。
「さあ、仕事に戻ろう。もうひと頑張りだ」
 逃げるように自席に戻ろうとする男の耳に「いつもこう」という言葉が微かに聞こえた気がした。
「ちょっと待って下さい」
 女の凛とした声が暗いオフィスに通った。振り返った男は女の強い眼差しに驚き、心臓が跳ねあがる。
 女は手のひらを男に見せると、そこから光をだした。
「先輩、さっき言っていましたよね。楽しいことや嬉しいことなんて意外と簡単に見つかる、って」
「ああ」と辛うじて返事をした男のまわりを無邪気に光が飛びまわる。対照的に女は真剣な面持ちで息をすぅと吸い込んだ。
「先輩と一緒にいればそれが見つかる気がするんですよ」
 女の言葉に男の顔が茹蛸のように赤くなる。
「返事を聞かせてくれませんか?」
 二人きりの深夜のオフィスから音が消えた。二度とこの世界に音は戻らないと思うくらいの静寂だったが、心配しなくてもすぐに気持ちの良い音がした。
 そう、まるで何かが弾けるような。


コメント・評価を投稿する

コメントの投稿するにはログインしてください。
コメントを入力してください。

このストーリーに関するコメント

19/02/20 雪野 降太

拝読しました。
深夜のオフィスで男女の同僚が向かい合って小さな光にはしゃいでいる、という場景が非常に好みでした。それにしても、楽しいことや嬉しいことを一緒に見つけてほしいという言葉は殺し文句ですね……面映い、とはかくありきと感じられました。
読ませていただいてありがとうございました。

19/02/21 アシタバ

イト=サム・キニー様
読んでいただく方に明るい印象を持ってもらいたかったので、コメントのように感じて頂けたのならとてもうれしいです。
お読みいただいてありがとうございました。

ログイン