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たまさん

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午後の魔法使いたち

19/02/17 コンテスト(テーマ):第165回 時空モノガタリ文学賞 【 弾ける 】 コメント:2件 たま 閲覧数:153

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 その子はいつも目を閉じて本を読むのだった。

 浅田祐子、年齢16歳。私が司書をしている猫又木市民図書館の常連だった。ほとんど毎日というか、雨の降らない日はかならずやって来て本をひらいている。私がそれに気づいたのはひと月ほど前のことだった。貸し出しカウンターから祐子がいつも腰かける椅子が見えた。図書室の北側は天井まで届くガラス張りになっていて祐子はいつも窓辺の椅子に腰かけて本をひらいた。
 ある日、何気なく読書する祐子を見ていると、祐子は目を閉じたままページを捲っているのだった。目を閉じて眠っているわけではない。見た目にはいかにも読書をしているように見えるのだった。
 なにあの子?……ひょっとして魔法使い? 
 そんなことあるはずがない。でも、と思った。
 祐子は昼過ぎにやってきて夕暮れまで館内にいた。その日の午後、めったに本を借りない祐子が貸し出しカウンターにやって来て二冊差し出した。
「あの、これお願いします」
 老婆のような、枯れた声だった。
「ねえ、浅田さん?」
「……はい」
 何気なく声をかけたけど、祐子はちょっとびっくりしたみたいだ。
「浅田さんって、いつも目を閉じて本を読んでるでしょう? どうしてなの? よかったら教えてくれないかしら」
「……目がつかれないからです」
 私の質問をはぐらかすような感じだった。
「あ、そうなの? うふっ、それおもしろいわね」
 聴かなければよかったと思ったけど、もう仕方ないから笑って誤魔化すしかなかった。
 翌日は雨だった。雨は二日続いて三日目は休館日だった。 
 朝からからりと晴れた。休日の朝はおもいっきり洗濯してベランダは賑やかになる。でもよく見ると洗濯物は一人分しかない。気ままな独身生活だった。午後は買い物に出掛ける。恋人はいない。欲しいけど欲しくない。もうそんなに若くはないけどまだ若い。どこにでもいてだれも気にしない女……それが私の理想なのだ。だから私は司書になった。
 いつものショッピングセンターで日用品を買い込んでお茶を飲みに行く。陽気な春の日差しが降り注ぐ交差点で信号待ちをしていると目の前に祐子がいた。
「あら、浅田さん……」
 私は迷わず祐子をお茶に誘った。

 祐子と向き合うとどうしても先日の話しの続きになった。もちろん、私はその続きがしたかったのだ。
「あたし、もうほとんど字が見えないんです」
 いつもは入らないお洒落なカフェだった。
「見えないってどういうこと? 目が悪いの?」
「ん……目はどこも悪くないけど、字だけが見えないんです」
 文字だけが見えない? そんなのうそだ……でも、それは口に出せなかった。
「ね、お医者さんに診てもらったの?」
「いちど診てもらったけど、どこも悪くないっていうの。そしたらお母さん、へんな病院にあたしを連れて行くから、もう治ったからいいってケンカして、いまは診てもらってません」
「でも、見えないんでしょ?」
「うん」
 たぶん、私には手に負えない話しにちがいないけど、祐子をこのままにすることはできなかった。
「でもさ、ほんとに見えなくなったら困るでしょ? なんとかして治そうよ」
「あたし、ほんとに見えないんです。それに見えなくても、あたし困りません」
 祐子は不服そうだった。
「あ、じゃあ、目をとじて読むのはどうして? 理由があるんでしょ?」
「目を閉じて本を捲っていると、ときどき弾けたように目がひらくんです。そしたら、目の前に虹のような字が浮かんでて……」
「それは読めるの?」
「うん、読めるけど、雨の日はほとんど目がひらかなくて、あたしが図書館に行くのは、目がひらくようになるための訓練なんです」
「ふーん、そうだったの」
 とはいっても、納得できるわけがない。かといって否定することもできない気がする。まるっきり祐子の作り話しとはおもえなかったのだ。
「ねえ、浅田さん。わたしのできることないかしら? ほら、わたしいつも図書館にいるでしょ? だからさ、なんでもいいからわたしに相談してほしいの」
「あ、はい。ありがとうございます」
 祐子はにっこり笑った。初めて見る祐子の笑顔はまだあどけなかった。

 翌日、祐子は借りていた本を持ってやって来た。
「あの、お願いしていいですか……」
「いいわよ、なにかしら?」
「あたし、本のタイトルが見えないから、タイトルだけ読んでもらっていいですか?」
「うん、わかった。じゃあ、本は浅田さんが選んで持ってきてね」
「はい、お願いします」
 ちょっと厄介なことになったけど、私にはかすかな望みがあった。古今東西の数知れない本が書架にならんだ図書館には、様々な魔法使いがいて、祐子の目を治してくれる親切なやつがひとりぐらいはいるはずだった。
 もし、いなかったら……司書なんて辞めてやる。 


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このストーリーに関するコメント

19/02/20 雪野 降太

拝読しました。
思わず首を捻ってしまうような症状を前にして、ひるみながらも投げ出さない主人公の意気込みが感じられました。利用者を満足させるレファレンスサービスは図書館司書の本懐とでもいうべきもの。『祐子』さんの相談に主人公が真摯に取り組む日が早くくれば良いと思いました。
読ませていただいてありがとうございました。

19/02/24 たま

イトさま。
コメントをありがとうございました。
図書館ってふしぎの場所ですね。魔法使いたちの巣窟のような気がします。
ひょっとしてこの主人公も魔法使いかもしれません^^
そうなると物語が一気に弾けるのですが、2000文字ではそこまで突っ込めなくて、
続編を書こうかなって、うふふ……。



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