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船の面

13/01/26 コンテスト(テーマ):【 船 】 コメント:0件 おでん 閲覧数:1751

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 あなたは船を好んだ。他にもっと選択肢があったのに、あなたはいつも船の面ばかりを選んでいた。

 大学の講義に出られなくなってから、私はあなたの部屋にいつもいりびたるようになった。昼近くになってようやく目を覚まし、腹ごしらえを終えるとすぐにゲーム機のスイッチを入れる。遊ぶのは飛行機のやつかゾンビのやつがほとんどで、冒険ものはまったくやらない。私の黄色いコントローラーは、Aボタンがゆるんでいて効き目が少し弱かった。だから倒したと思った敵が実は倒れていなくて、やられてしまうことが度々あった。唯一の友達とも言える由香里は、ゲームなんて本当に面白いの? と会う度にいぶかしむ。女である私は、まあまあ、とこたえるようにしている。
 
 あるとき、曇り空の朝、あなたが会社を休みたいと口にした。理由も聞かずに一緒にいれることを喜んだら怒られた。学生は責任をとらなくていいから気が楽だよなと、つばを吐くように言われた。びっくりした後に腹が立ったので、そのまま家を出た。期待はしていなかったが、やっぱり追ってこなかった。途中のカーブミラーに映った自分の姿は、足で踏みつぶされた空き缶みたいにゆがんで、情けなく見えた。

 あなたと出会ったきっかけは、由香里に無理矢理参加させられた合コンだった。当時、私は男にひどいふられ方をしたばかりで、この世のありとあらゆるものに絶望を見いだしていた。もともとそういう気質があったのか、一度落ちてしまうととことん落ちてしまい、這い上がるのに膨大なエネルギーを要した。
 そんな私を、あなたはその日のうちに持ち帰った。だからといって他の男のようにガツガツはしておらず、気がつけば車に乗せられていたという感じだった。
 家に着くなり、あなたはもくもくと布団を敷きはじめた。私はその様子を黙って見つめながら、買われてきたぬいぐるみみたいに大人しくしていた。もうどうでもよかった。抱くなら抱くで、さっさとしてほしかった。
 ところがあなたは布団の上であぐらをかき、ゲームのスイッチを入れて言った。
「これ、一緒にやろう」
 選ばれたソフトは、二人で対戦するやつだった。ゲームなんてほとんどやったことのなかった私は当然のようにぼろ負けし、その後も負け続けた。あなたは家に連れ込んだ女を、一貫して静かに、画面の中で倒していく。
 
 何度目かの対戦中、ふと気づいたことがあった。
「どうして船の面ばかりなの?」
 二人の選んだキャラクターが戦う場所の後ろには、いつも大きな船が海の上に浮かんでいた。定期的に汽笛を鳴らし、万国旗をマストから垂らした欧州調のその船はたしかに豪華だったが、だからといって、毎回毎回見せられればもちろん飽きがくる。
「船以外にも背景を選べるんでしょ?」
 尋ねると、あなたは画面に目を向けたままこたえた。
「この面がいいよ」
「どうして」
「小さいころから、船が好きなんだ」
 それからあなたは、もうそれ以上聞くなという風に、無言のままコントローラーを動かし続けた。私は隣で笑いを堪えるのに精一杯だった。そしてなんとなく、この人間のことを好きになっていた。

 カーブミラーから引き返して家に帰ると、あなたは一人でゲームをしていた。相変わらず船を背景にし、コンピューター相手に戦っている。私は思い切って訊いてみた。
「会社いかないの?」 
「もう少ししたら休みの電話入れる」
 背を向けたままのあっけない返事だった。無機質な機会音が部屋中に響く。
「私、今日は大学にいってみるよ」 
「あそう」
「だから、あなたも会社にいってよ」
 あなたのコントローラーをさばく手が、ようやく止まった。
 振り返ったあなたの目は、絶望の淵に立たされていたときの私の目とそっくりで、そして、
「どうして病んでるお前に、そんなこと命令されなくちゃいけないの」
 その言葉を聞いた瞬間、私の中で何かが割れた。それからめちゃくちゃに暴れた。コントローラーを奪って床に叩きつけ、ゲーム機の本体を踏みつけてやった。それでも動じないので、散々ひどいことも口にした。泣いてわめいて、ようやく波がおさまったとき、あなたは鷹揚に言った。
「俺たち、もう終わりだな」 
 
 あなたは船の面を好んだ。他にもっと選択肢があった中で、あなたは豪華な船だけを見ていた。
 私は大学にいきながら、遅れた分をとりもどすのに毎日を必死に生きた。由香里のサポートもあって、留年はなんとか一年だけで済みそうだった。もう悲しくはない。暴れたりもしない。あなたと過ごした日々を振り返り、落ち込むこともほとんどない。
 波はおおよそ静かだった。私という小さな船に、とても優しかった。    (了)


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