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蒼樹里緒さん

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硝子の心に爆弾発言

19/02/14 コンテスト(テーマ):第165回 時空モノガタリ文学賞 【 弾ける 】 コメント:1件 蒼樹里緒 閲覧数:169

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 ごく稀に、成長途中で心が硝子化する人間が生まれる。私もその一人だ。
 自分の精神状態が、野球ボールくらいの大きさの透明な結晶体となって現れる。頭の上に浮かぶそれは、誰の目にも見える。結晶体の形も人それぞれで、私の場合は星型だ。
 この怪奇現象は、他人への共感能力が高い子どもに限って発生するらしい。医学的にも科学/化学的にも、原因が解明されていない。
 月三回までと外出を制限された『ガラスハート症候群』患者の私は、自宅のインターネットで、AIが指導する学習プログラムを毎日受講していた。真面目に提出した課題や定期試験回答で、平均点以上の合格判定がもらえれば、私はもうすぐ無事に女子高を卒業できる。
 テレビもラジオも新聞もネットも見聞きしない。友達ともめったに遊ばない。とにかく、患者は『外』の刺激をシャットアウトして、デリケートな硝子の心と気長に付き合っていくものらしい。心がひどく傷ついて、結晶体が完全に割れれば、私の精神も壊れるからだ。
 ――二人とも、元気かな。
 ベッドに寝転がって、ぼんやりと部屋の天井を眺める。特に仲良しな二人の同級生のことだけは、いつも思い浮かべていた。
 卒業式にも、私は出席できないかもしれないけど。せめてもう一度だけ、二人と会って遊びたい。
 そうささやかに願った時だった。学習用兼通信手段のタブレットに、メールが届いたのは。
『やっほー、元気? 急だけどさ、今日の六時くらいに、学校のそばの公園で会わない?』
 友達からの連絡だ。
 私は今月、まだ一度も出かけていない。
 両親にもすぐ相談すると、すんなり許可がもらえた。友達に返信して、私はわくわくと着替えて家を出た。結晶体をニット帽の中に押し込めると、お団子頭みたいになる。
 学校近くまで乗るバスの中では、ヘッドフォンで好きな音楽を聴いた。余計な雑音が流れ込まないように。
 冬の夕方の景色はすっかり真っ暗で、人気の少ない児童公園も、街灯の光が淡く照らしていた。
 メールをくれた友達は、ベンチに座っていた。私が小走りで近づくと、街灯よりも明るく笑って、コートを着た手を振ってくれる。久しぶり、と抱き合った。
「あれ? 一緒じゃないの?」
 てっきり、二人で待ってくれているだろうと予想していたのに。
 きょろきょろと周りを見回す私に、彼女は笑顔のままで答える。
「うん、そのことで話があってさ」
 それを聞いた瞬間、なぜかどきりと心臓が跳ねた。

「あの子ね、死んだよ」

 パキリ、と。ニット帽の内側で、星型の結晶体にヒビが入った音がした。
 この子は、何を言ったんだろう。どうして、笑ったままなんだろう。
「どういう、こと……?」
「だってさぁ。あいつ、あたしがあんたを誘おうとすると、いつも止めてたんだよ。ガラスハート症候群患者をしょっちゅう引っ張り出すのはよくない、治療にならない、なんて」
 何気ない愚痴をこぼすみたいに、友達は平然と言ってのける。
 パキパキと、結晶体がひび割れていく。知りたくない、聞きたくない。
 首にかけていたヘッドフォンをつけようとした私の手は、相手にガッとつかまれた、
 見慣れていたはずの彼女の笑顔が、『仮面』に見える。
「知ってたよ。あんたが患者になったの、去年あいつにコクられた日からだもんね」
「見て、たの……?」
「あんたは『友達』でいたかったから、やんわり振った。でも、あいつの気持ちに応えられなかった自分を責めすぎた。一度は割り切ったふりして、あいつはあんたのことを全然あきらめてなかった。メールの量、あたしよりずっと多かったんじゃない?」
 確かに、あの子は私を気遣うメールを毎日くれていた。高校生活最後の期末試験が終わった日までは。
 友達は、耳元でささやく。楽しそうに、残酷に。
「いい加減うざくてさ。ほら、大学受験の合格祈願した神社あるじゃん? あの石段の上から突き飛ばしちゃった」
 ひび割れの音が、速くなる。止まってくれない。
「あいつがいなくなって、あたしはあんたの『一番』になれたし、うれしいなぁ」
 突き放したいのに、逃げたいのに、膝はガクガク笑っている。

「だいじょうぶ。あんたの心が壊れても、あたしが一生かけて治してあげるから」

 言葉は時として、何もかも破壊する爆弾になる。
 重すぎる衝撃で結晶体が弾け飛ぶ音が、頭の中にまで響いた。

  ☆

 病室のベッドで、かわいいあの子はぼうっと窓の外を眺めている。目に何も映さないで、耳は誰の声も聴かないまま。
 見舞いに来た彼女の母親が、あたしに微笑む。
「今年からあなたが担当医になってくれて、ほんとよかった。この子をどうかよろしくね」
「任せてください。なんたって、あたしは――一番の『心友』ですから」
 彼女の硝子の心に触れていいのは、あたしだけだ。


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このストーリーに関するコメント

19/02/15 雪野 降太

拝読しました。
「心の耐久度」のようなものが可視化されているというのはゾッとする設定でした。他者を排除してでも友人を独占したい、というあまりにも強い想いを『友達』が持ったのはどうしてだったのでしょうね。
読ませていただいてありがとうございました。

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