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腹時計さん

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爆発ピアノ

19/02/13 コンテスト(テーマ):第165回 時空モノガタリ文学賞 【 弾ける 】 コメント:4件 腹時計 閲覧数:251

時空モノガタリからの選評

家庭以外に逃げ場を持たない子供にとって、ほとんど世界の全てである両親のケンカほどつらいものはないと思います。「子供らしく」を都合よく押し付け利用する大人達の不誠実さに対し、「子供」という家庭内の立場を超えた主人公の少女の人間としての怒りには説得力がありました。両親への愛、そしてその正反対の不安と怒り、様々な心理的な要素が詰まっていますね。葛藤を単純化せずに描こうとする姿勢が感じられて好感が持てました。

時空モノガタリK

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 結婚なんて、死んでもしたくないなあと、ココロの中で思っている。
 そんなあたしは、小学六年生だ。ふつう、こんなこと考える必要なんてない。ウェディングドレスにあこがれを抱く友達はいても、「死んでも結婚したくないなあ」とか言う友達はいない。
 どうして結婚なんてするのだろう。好きだから? だったら、どうしてケンカするのだろう? どうして離婚もせずにケンカばっかりしているのだろう?
 うちの両親みたいに。

 両親が派手にケンカするとき、あたしはピアノを弾かない。こういうときはじっと静かにしているのが一番良いのだ。お母さんをかばったりしても、よけいなことするなって言われるから。子どもは子どもらしく、引っ込んでろってお父さんは怒鳴る。だったら、あたしは子ども部屋の、学習机の下で、息を潜めているしかない。
 
 いつものケンカが始まって、もうどれぐらいたっただろう? いつのまにか、お父さんの声は聞こえない。男の人の声って、普段はとても低くて聞き取りづらいときすらあるのに、怒り出すと、耳をふさいでいても聞こえてしまう。
 そんな声は、今、聞こえない。ああ、終わった。でも、あたしの役目はこれからなのだ。安心はできない。体に鉄の玉が入ったみたいに、ずっしりと重くなる。
 階段を上ってくる音が聞こえる。あたしは耳がいいからすぐにわかる。
「優花」
「お母さん」
 ノックもなく、目を腫らしたお母さんがいきなり入ってきた。あたしは胸が苦しくなる。泣きやんで。あたしがいるよ。
 あたしがお母さんの手をそっと握ると、お母さんは、あたしの存在に今はじめて気づいたみたいに目をまたたかせ、弱々しくほほえんだ。
「ねえ、もう弾ける?」
 お母さんは、こんなとき、決まってあたしにピアノを弾くように言う。ココロが落ち着くんだって。
 今の課題曲は、お母さんが好きな曲らしくて、今度発表会でも披露することになっている。ショパン。とても難しい。だけどそんなの大丈夫。
「弾けるよ」
 ほっぺたをつり上げて笑う。あたしが悲しい顔をしたら、お母さんはまた悲しくなるから。あたしは子どもらしく、無邪気でいなくちゃいけない。まだまだ大丈夫。負けるもんか。
 ふたを開けて、楽譜を広げる。ピアノは弦楽器。ぽろんぽろんと弾ける音は、鍵盤につながるハンマーが弦をたたくことで鳴りひびいているのだ。お母さんを笑顔にできるんだから、こんな楽器を発明した人はすごいと思う。

 オレンジ色の、ほわほわした空気が見えるようだ。お母さんはあたしのピアノに耳を傾けている。だから安心しきっていて、階段を上る荒々しい音に気づかなかった。
「おい!」
 父が扉を開けた。やっぱり、ノックなし。母の顔が赤くなる。
「何よ! もう話は終わったでしょ!」
「終わってない! 逃げるな! だいたい、お前がいつも準備が遅いから――」
「あなただって、いつも前もって言わないじゃない、人のこと言えないじゃない――」
「話をさえぎるな! 生意気なこと言うな! 俺のことなめてんのか――」
 肉を打つ音、お母さんの悲鳴、すすり泣く声。
 耳の奥で、ばちん、と音がしたような気がした。弦が弾ける。あたしの頭の中の弦だ。

 ピアノのふたを乱暴に閉める。その音で、お父さんが一瞬ひるんだ。
「もういいよ!」
 お父さんの、ぎらぎらした目があたしを見る。自分のいらだちを発散したくてしょうがない大人なんて、怖くない。
「黙ってろ子どものくせに――」
「子どものくせにっていうくせに、なんでその子どもの前でケンカするの? なんであたしが子どもらしくいられないようなことするの?」
 がまの穂が爆発するみたいに、いきなりだった。強く引っ張った我慢の弦が弾けた。あたしの弦は鋼鉄製なんかじゃない。ふつうの、女の子の弱い弦だった。
 お父さんは、怒鳴りかけの口を開きっぱなしにしてあたしを見ている。男の人は、みんなこんな風なんだろうか。だったら、やっぱり結婚なんてしたくない。あたしの弦は強くないから。すぐに弾け飛んじゃうから。
 お父さんの顔から目をそらす。すると、お母さんと目が合う。お母さんは、ヒガイシャみたいな目つきであたしを見ている。カッと体が熱くなる。どうしてあなたがヒガイシャなの?
「なんで結婚したの? なんであたしなんか産んだの? 二人のケンカを聞くために生まれたの? あたし、こんなとこに生まれてきたくなかった!」
 叫んで、お父さんの顔も、お母さんの顔も見ずに、あたしは部屋を出て、その勢いのまま家を出た。もうとっくに日は沈んでいて、街灯の下だけが明るかった。
 仕事を終え、家に帰ろうとする人たちがすれ違う。薄着にサンダルを突っかけて出てきた小学生のことなど、誰も気にも留めない。寒いから、みんな早く帰りたいのだ。あたしはただ立ち尽くして震えていた。


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このストーリーに関するコメント

19/02/15 クナリ

正面から理不尽さをたたきつけられた時の、突き刺さるような感情が鮮烈でした。
終わり方も印象的ですね。

19/02/15 雪野 降太

拝読しました。
日々、両親の不和を目の当たりにして結婚生活の意義を見失う、という悲しい状況が主人公の視線を通して熱を持って描かれていたと思います。特に、父母のいずれかに肩入れすることなく、どちらも拒絶した最後はコンテストテーマにもあっていると感じました。
読ませていただいてありがとうございました。

19/02/16 文月めぐ

拝読いたしました。
主人公の気持ちが爆発した瞬間が、とても印象に残りました。
勢いのある作品でした。

19/02/16 腹時計

クナリ様 
コメントありがとうございます。鮮烈と言っていただけて光栄です。
物語をどう締めくくるか少し悩みましたが、少女の感情が突っ走るイメージを大切にしました。

イト=サム・キニー様
こちらこそ、ありがとうございます。おっしゃるとおり、熱を持って、少女の気分で書きました。
父母どちらをも拒絶する姿は、少しわかりにくい表現だったかもしれないと後で反省視しましたが、汲んでいただけてとても嬉しいです。

文月めぐ様
いつもありがとうございます。
重ねてきた我慢が「弾ける」ことは、誰もが経験したことがあるのではないでしょうか(勉強がいやになる、とか、仕事を辞めたくなる、とか)。
少女と一緒に疾走する気分でかき上げました。

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