ひーろさん

ミステリーが好きです。

性別 男性
将来の夢
座右の銘 人に勝つより自分に負けるな。

投稿済みの作品

1

19/02/10 コンテスト(テーマ):第165回 時空モノガタリ文学賞 【 弾ける 】 コメント:3件 ひーろ 閲覧数:189

この作品を評価する

「わたし、雨が大っ嫌いなの」
 これが、勇気を振り絞って告白した直後の、彼女の第一声。
「雨の日なんかは機嫌悪くなるけど、平気?」
 付き合い始めてから、ぼくは、少しずつその言葉の意味を実感していくこととなる。ある夏の休日。おいしい冷やし中華食べたいね、なんて話をして、店を予約までしていたにも拘わらず、予報外れの雨を理由に、外食は中止となった。湿気でくるくるした髪を掻きむしる彼女。恐るおそる夕飯について訊ねると「あなたが何とかしてよ」と不機嫌なご様子。そんな態度には不釣り合いな、蛙のキャラクターの無邪気な笑顔が、彼女のTシャツに張り付いている。ぼくは、飛び出しそうになる言葉を飲み込んで、仕方なく近くのスーパーへ買い出しに行く。合羽を着て自転車で行けば早くて楽である。しかしこの日は、傘を差して、歩いて出かけることにした。雨が嫌いな彼女を残して。

 ぼくはといえば、雨が大好きだった。幼少の頃から。長靴を履いた足で、水たまりに映る自分を踏みつける。水の塊が空中に弾ける。やがて、飛び散った水の粒たちがむくむくと集まってくる。徐々に波が落ち着いて、再び自分が姿を現す。この様子を眺めるのが好きだった。路上では、雨に誘われて来た蛙たちが歌い出す。ぼくが指揮者で蛙が奏者。少しだけ偉くなれた気がした。ある時は、自動車に轢かれそうになった蛙を両手で掬いあげ、彼らの救世主になることだってできた。それから、交差点に架かる歩道橋から見える景色は、素晴らしかった。赤や黄、緑や青のカラフルな傘の花があちらこちらで咲き乱れるのだ。そして何より、傘を鳴らす雨の音が一番のお気に入り。しゃあしゃあ。ぼとぼと。ざんざん。その強さによって、雨はいろいろな音楽を聴かせてくれた。

 あまり舗装されていない道を一人で歩く。へこんだ場所に大きな水たまりができていた。鏡のようにぼくを映し出す。泣き出しそうな表情。こんなすてきな雨の日に、二人で歩きたい。雨の奏でる音楽を聴きながら……。思わず、情けない自分をスニーカーで踏みつける。勢いよく! ぼくは粉々に砕け、弾けた。やがてぼくの姿が復元され、現れる。次のぼくは泣いていなかった。むしろ、きらきらと笑っていた。彼女のTシャツの蛙と同じ、無邪気な笑顔だと思った。心の中の何かが弾け、心が軽くなった気がした。

 家に帰ると、彼女はソファーで眠っていた。イヤフォンを耳に突っ込んで、外で響く雨の音をシャットアウトしている。一瞬ためらったが、彼女のイヤフォンを抜き取り、揺り起こした。
「もう帰ってきたの?」
 案の定、不機嫌そうなご様子。
「さあ、行こう」
 ぼくは、半ば強引に彼女の腕をつかんで、玄関まで引きずった。傘は一つ。少し大きな緑色の傘。

 傘はぼくが持って歩いた。彼女は怒っていた。ぼくに対してではない。たぶん。やり場のない怒りを抱えながら、何かにじっと耐えている。そんな表情に見えた。ぼくは言う。
「見てごらんよ。雨はすてきな景色を見せてくれるんだ」
 彼女はうつむいたままだ。構わず続ける。
「ほら。信号機の赤い光。雨ににじんできれいだよ。向こうの女の子の青い傘。紫陽花みたい」
 傘をノックするみたいに、音を立てて降り注ぐ雨。突然、彼女が歩みを止めた。ぼくはその理由に気づいていたから、何も言わず、一緒に立ち止まった。少し先、道路の真ん中に、小さな蛙の死骸が転がっていた。雨の日によく見る光景。だけど、素通りしてはいけない光景。その亡骸の近くで、友達だろうか、家族だろうか、もう一匹の蛙が懸命に飛び跳ねている。
「雨が嫌いな理由、これだよね」
 そう言ってぼくは、彼女の着るTシャツを指さす。
「見たくない光景かもしれない。でも、これが彼らの道だよ。命を懸けて、全力で雨に歌う。この目で見て、この耳で聴いてあげなくちゃ。彼らの頑張りが少しでも報われるように」
 ぼくは、飛び跳ねる蛙と小さな亡骸を両手で掬いあげて、近くの草叢まで運んでやった。

 買い物を終え、スーパーを出る時には、雨がいっそう強まっていた。傘を鳴らす雨粒たちの小気味よいリズム。それに合わせてぼくは歩いた。家まで続くでこぼこの一本道にさしかかった頃。ぼくたちは、大きな水たまりを見つけた。歩調を合わせて近寄る。ふいに彼女が、足を高く持ちあげ、自分が映る水たまりを踏んで壊した。勢いよく! 彼女は、水しぶきを上げて弾けた。同時に、何か心にたまっていたものも、弾けて雨に溶けていったようだった。ずっとだんまりを決め込んでいた彼女が、何かつぶやいた。が、傘の上に降りしきる雨の音に、その声は掻き消された。ぼくは、どうしても彼女の言葉が聴きたくて、ぐっと肩を寄せた。うつむいたままの彼女は「ありがとう」と小さな声で言った。ぼくは、雨の音を理由に、聴こえないふり。二人はもっともっと近づいた。


コメント・評価を投稿する

コメントの投稿するにはログインしてください。
コメントを入力してください。

このストーリーに関するコメント

19/02/11 雪野 降太

拝読しました。
自分勝手のように振る舞いながらも優しさが滲む彼女の態度が魅力的でした。また、彼女の不機嫌さの理由に行き着いた主人公の洞察力に感心しました。
読ませていただいてありがとうございました。

19/02/13 霜月秋旻

ひーろさん、拝読しました。
水溜まりに映る情けない自分を踏みつけ、溜まっていた感情が水とともに弾けるという表現が巧いですね。雨降りも蛙も好きな私にはこの話がとても素敵に思えます。ありがとうございました。

19/02/16 ひーろ

イト=サム・キニ―さん、ご感想いただきありがとうございます。
不機嫌な彼女の態度の裏には、優しさがある。理不尽な言動をとる誰かの態度の裏にも、きっと何かがある。そんなことを思っています。拙い文章から、彼女の優しさを汲んでいただけたこと、うれしく思います。

霜月 秋旻さん、ご感想ありがとうございます。
実は、どちらかというと、雨の日は気分がどんよりしてしまうのですが……だからこそ、雨の「すてき!」「おもしろい!」を必死に考えてひねりだしました。すてきだと思っていただけて、ほんとうにうれしいです。

ログイン