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宮下 倖さん

宮下 倖です。 楽しくたくさん書いていきたいです。

性別 女性
将来の夢 誰かの心にひとつでも響く言葉が紡げたら幸せです。
座右の銘 臨機応変

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いつか咲ける日

19/02/09 コンテスト(テーマ):第165回 時空モノガタリ文学賞 【 弾ける 】 コメント:2件 宮下 倖 閲覧数:302

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 昇降口の奥の角を折れると、渡り廊下から吹きこんでくる風はもうだいぶ秋の冷たさを含んでいた。重かった足取りがついに止まる。
 私は渡り廊下の向こうに見える中庭に視線をめぐらせてため息をついた。
 ついこのあいだ高校受験を終えたばかりのような気がしているのに、もう大学受験の話だなんて早過ぎる。いや、高二の秋を迎えているのだから当然か。私がぐずぐずと思い悩んでいるからそんな気もちになってしまうのかもしれない。
 こんな気もちのまま二者面談に臨んでいいものだろうか。こういう悩みを打ち明けるのがそもそも進路相談なのだと言ってしまえばそうかもしれないけれど、今更こんな迷いを口にするのは怖いというのが正直なところだ。
 将来の夢はと訊かれると、私は小学校からずっと「先生になりたい!」と答えてきた。
 両親ともに教師という私にとってその夢はあたり前のようにずっと目の前にあったもので、両親をはじめ周囲はそれを好ましく受け入れてくれ、自分でも疑ったことなんてなかった。
 理容店を営む同級生が「跡を継ぐんだ」と意気込むように、私も親と同じ教師になることが最良の道であると思っていた。
 けれど、中学を卒業し高校生になってみて、私は本当に教師になりたいのかどうかわからなくなってきた。理容師になるための専門学校へ進学するのだというあの同級生は、本当に理容の仕事が好きでその職に就きたいのだという強い意志をもっていた。
 対して自分はどうだろう。そこまでの想いがあるだろうか。教師の仕事が好きだからなりたいと思えているだろうか。
 私はまたひとつため息をついて渡り廊下に足を踏み出した。中庭の花壇にはたくさんのホウセンカが咲いている。赤や白やピンクの花が風に吹かれてゆらゆらと揺れていた。
 それがなんだか「待って」と首を振っているように見えて、私は上靴のままそっと花壇に近づいた。花の前にしゃがみこむともう実がついているものも多かった。アーモンド形のホウセンカの実はぷっくりと膨らんでいる。熟しきれば大きく弾けてその種を遠くまで飛ばすのだろう。
 その実に手を伸ばしかけた私は寸前で手を引いた。触れてしまったら取り返しのつかないことになるような気がして怖かった。
 ずっと守ってきたものがある。
 親の期待だったり、周囲の理想だったり、自分の平和な生活だったり。
 たとえば、いま私が、作家になりたいと言い出したならきっとそれはあっさりと壊れてしまう気がする。
 子どものころから本が好きだった。本は私にたくさんの楽しい時間をくれた。
 本さえあれば私は空想の中でなんにでもなれた。
 王子を待つ姫にもなれたし、勇者を手助けする大魔法使いにもなれたし、世界を飛び回るドラゴンにだってなれた。
 本を読み終えてしまっても、その物語の続きを考えることが楽しくて仕方がなかった。
 それは自分だけの物語だった。
 それらを自分の頭の中だけではなく、文章として表現してみたいと思ったのも自然なことだったと思う。
 高校では文芸部に所属した。いくつもの物語を夢中で書いた。それが自分の心が本当に求めている夢なんじゃないかと気づくまでには時間がかかったけれど、気づいてからは急速に想いは膨らんでいった。
 私は花壇の前からゆっくり立ち上がる。二者面談の時間はもうすぐだ。教室で担任の先生が待っている。私は渡り廊下に戻り教室棟へと歩き出した。
 一足ごとに私の心は嫌な重さを得ていく。このまま私がなにも言わなければなにも壊れない。
 親の期待も、周囲の理想も、自分の平和な生活も。
 教室に入り、先生と向き合って座るころにはわたしの心は重くぱんぱんになっていた。そんな私に先生はのんびりした様子で言った。おそらく面談の導入の単なる世間話のようなものだったろう。
「文芸部の部誌読んだぞ。おまえの書いた猫の話な、あれ、おもしろかったぞ」
 唐突にさっき見たホウセンカの実が頭に浮かんだ。まるく膨らんだそれは先生の言葉を聞いた途端、大きく弾けてたくさんの種を飛ばした。
 私が今まで押し込めていたものが弾けた一瞬でもあった。
 頭の中で弾けたホウセンカの種が遠くまで飛んで、そこでまた花を咲かせるところまで一気に想像した。
 私の夢が同じようにいつかどこかで花開くかなんてわからない。でも種も蒔かずに後悔はしたくない。
「先生、わたし……!」
 いつになく大きな声で身を乗り出した私に、先生は「どうした」と目をまるくした。


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このストーリーに関するコメント

19/02/09 雪野 降太

拝読しました。
名ばかりだった「進路」を、自分のものとして捉え始めた主人公の心の動揺が丁寧に描かれた作品だと感じました。誰かの評価で一歩踏み出せそうな気持ちになるところも、お話の続きが想像できて興味深かったです。
読ませていただいてありがとうございました。

19/02/13 霜月秋旻

宮下 倖さん、拝読しました。
自分が本当にやりたいことを見つけられない人、やりたくても出来ない環境にいる人が多いと思います。そんな人々の心に、この話は響いてると思います。主人公に幸あれ。
心に残るお話でした。ありがとうございました。

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