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笹峰霧子さん

毎日一眼レフで写真を撮っています。 只今俳句を勉強しているので毎日更新しています。 https://kei9594wa.exblog.jp/

性別 女性
将来の夢 これまで大きな夢を持つこともなく生きてきましたが、主婦としての任務をすべて終えた今は、余生の行き処を考えつつもぼんやり過ごす毎日です。
座右の銘 心身共に自立して日々を暮らせるように自分に言い聞かせています。

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ふたたび帰らぬ思い出

19/02/08 コンテスト(テーマ):第165回 時空モノガタリ文学賞 【 弾ける 】 コメント:4件 笹峰霧子 閲覧数:203

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 三十年前まで住んでいた生家の裏山はわがやの植物の宝庫だった。もう国道建設の為に無くなっている景色だが私の瞼にはありありと浮かぶ。
 家の裏には狭い空き地と畑があり水路を挟んで細い道が頂上まで続いていた。最初に目に入るのは細道の片側の山の斜面にある数本の栗の木。
 秋になると栗の木の下に小粒の栗がぱらぱらと落ちて毎朝籠一杯ほど採れた。イガごと落ちているのもあってイガが弾けて中から栗の実が覗いているのを取り出すときはわくわくしたものだ。イガがついているのは落ちたばかりだから新鮮で栗そのものも柔らかくてきれいだ。
 拾ってきた栗はすぐに鍋で茹がく。小粒だから実を取り出すより早く、もう口の中に入っていて噛めばふんにゃりと甘くて柔らかい栗の実がチューブのように出てくる。

 今はもう30年あまり前までのこの栗の旨さを味わうことはなくなった。小粒の栗なんてどこにも売っていないし、ましてやイガから取り出して食べることなんて夢の又ゆめなのだ。
 でもこの住宅地に移ってから幸運なことがあった。自宅の前の小路を車道に出る曲がり角の屋敷内には塀沿いに栗の木が一本あったのだ。秋になると他の庭樹が紅葉するよりいち早く栗の木が塀沿いの溝に幾つか落ちている。拾ってきて食べたことはないが一度写真に収めたことがあった。他所様の邸の植物とはそんな存在なのだ。

 一方わが邸のミニ菜園を蜜柑畑にしてもう三年になるが、やっと実が生り始め今年は摘果の後30個ほど残した。
 車庫の中で蒸らしている最中だ。というのも近所の野菜の指導者が蜜柑の熟し具合を見に来て、完熟した頃ようやく鋏で切り取らせてもらった。
 蜜柑を切るのは花鋏ではだめなんだそうで、蜜柑すれすれになる箇所で切りとる専用の鋏を持ってきてもらい、私はその挟で一つ一つ愉しみながら切った。それをキャリの中に入れて風通しを良くし一か月以上寝かせておく。皮に艶がある間は甘みがないのでまだ我慢してくださいと、指導者は時々見にきてそう言う。だから私はまだキャリの中の蜜柑は食べていない。

 蜜柑が熟れたとき写真を撮りFacebookに投稿したところ、外国に駐在している子供からいいねがついた。メッセージで柿と栗も植えておいてねと書いて来た。
 子供らが生家を離れたのは大学に入学の一年後ぐらいだったから、生家のことはよく覚えていたのだろう。裏山で筍を掘ったり、柿の木に登って籠一杯採ったり、毎朝細道に落ちた栗を拾ったりしたのを私と同じように覚えていた。
私はそのことだけでもうれしかった。

 そのメッセージを見て早速柿の苗木を買ってきて蜜柑畑の傍に仮植えしているが、例の指導者は別の所に植えたら良いと言っている。植え替えの時期はまだわからない。桃栗三年柿八年といわれるので柿が食べれるようになるころ私の住家はどこになってるんだろう。子供のオファーの栗を植えることについてはまだ真剣には考えていない。
イガの中から弾けて出てくる栗の思い出は私の胸の中にしまっておいてこの世の大事な思い出とするのも良いかなと思っている。




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このストーリーに関するコメント

19/02/08 笹峰霧子

写真は素材フリーサイト「足成」よりダウンロートしています。

19/02/08 笹峰霧子

訂正箇所 十行目の「栗の木が」→ 「栗のイガが」

19/02/16 クナリ

ある意味では、もう手に入らないぜいたくですね。
私も人様の家の柿を見て、実家に植えていたユスラウメやいちごを懐かしく思い出します。

19/02/16 笹峰霧子

クナリさま
コメントをありがとうございました。
生家は山の麓で陽の当たる時間が短かったので市街地に出てきた時はうれしかったですが
別の意味では幸せな環境だったと思います。
子供を育てるのには最高の場でした。

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