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秋 ひのこさん

歯について考える時、右と左がよくわからなくなります。右奥だっけ、左奥だっけ。虫歯が絶対にあると思われるあの場所を伝えるべく「ええと、右です。そして上な気がします」と言ったら先生が「うん、上は上でも左ですよね」とか言う瞬間が恥ずかしいので、虫歯は放置しているような人間です。 ……ということも言ってられず、ついに虫歯を治療しましたところ、ちっとも奥歯の不快感が消えてくれないので、「先生、虫歯を見落としていませんか。虫歯がまだ残っていると思われます」と大変失礼なことを尋ねてみましたら、「それ、本当に歯が痛いのですか。歯茎は少し腫れていますが、本当に歯ですか」と逆に聞かれ、やっぱり恥ずかしい思いをしました。こんにちは。 

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美しい姉妹

19/02/07 コンテスト(テーマ):第165回 時空モノガタリ文学賞 【 弾ける 】 コメント:5件 秋 ひのこ 閲覧数:297

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 姉が笑うと、きらきらまばゆいものがぱっと飛び散る。
 ひまわりみたい、太陽のよう。大人は姉の弾ける笑顔に目を細めた。
 母以外は。
 3つ上の姉は、母曰く「顔の造形に難あり」な子供だった。小粒な目を細め、潰れていびつな鼻の下で、妙に突き出た薄い唇の奥からガタガタの歯を見せて笑う姉に、美しい母は、「不細工が笑うと惨めで痛々しい」と、蔑むように口の端を少し持ち上げる。そして、「ねー」と当時3歳かそこらの私に同意を求める。
 美しい母、美しい父をもつ私の顔は、別の男の血を色濃く引く姉とは似ても似つかない。母は「私たち」と「姉」を区別することを徹底した。
 おそらく、姉は生まれもった性質として底抜けに明るく、人懐っこい人間だったのだ。近所の老人も、保育園の先生も、友だちのママも、姉が笑うと褒めてくれる。どれだけ家で虐げられても、姉はにこにこと笑っていた。

『のっぺらぼうになりたい』
 姉が小学3年の7月。学校から持って帰ってきた七夕の短冊に、姉の字でそう書かれていた。
 平べったい魚のような顔の表面で、姉の表情は、この時すでに壊れかけていた。母のみならず、学校でも攻撃が始まっていたのだ。9歳は、醜い顔を醜いと認識し、非難の的にする残酷性を隠さない。遠慮なく、たとえば赤いものを赤いというほどの罪の意識のなさで。
 同じ年の10月、子ども会のハロウインパーティで、姉はお面をつけて黒いゴミ袋をまとった。お面は、真っ白で顔がなかった。
 だが、面をはずしても、姉の顔からもはや一切の表情は消えていた。



「それは、ガチでダークだな」
 コーヒーをすすり、ユウヤが顔をしかめる。
 26からつきあって3年になる。初めて、姉のことを話した。
「当時のあだ名は『死んだ魚』。笑わなくなって、女子からも距離置かれて、ますます孤立。中学も、高校も、ずっと」
「まじか」
「幼い頃のニカーッて弾けるような笑顔がね、時々間違った記憶なんじゃないかと思うことがある。無表情のお姉ちゃんの顔を見すぎていて」
「写真は? 昔の」
「ない。あの母が撮るわけないじゃん」
 あ、噂をすれば、と顔を上げる。60を過ぎた母が膝上、しかも純白のワンピースで近づいてくる。この人は、どんな時も自分が主役でないと気がすまない。それが他人の結婚式であっても。
「暑いわ、ここ。親族の控え室とかないの?」
「私たち、さっき行って挨拶してきたけど、お母さんは駄目だよ」
「なんで」
「忘れたの? 親族枠じゃないっていう条件で出席を認めたこと。来るなって言ってんのに無理やり押しかけてきてる立場、少しはわきまえなよ」
「実の母親に対してありえないわ、ほんと」
 ねー、と母はユウヤに微笑みかける。ユウヤは反応に困り、愛想笑いを浮かべている。
「それにしても、あの顔で結婚できるとはね。物好きだね、相手の人。その人も不細工なの?」
 親族枠じゃない、という条件は私が出した。あの人は、どっちでもいいと言ったのだ。母親が来ようが来まいが。高校卒業と同時に家を出た姉は、母と絶縁状態だ。
 係りの人がやってきて「どうぞお入りください」と、式場の扉を開けた。

 白いドレスに身を包み、姉は笑っていた。
 あ、やっぱり記憶は間違っていなかった、と思う。相変わらず歯並びは悪いし、鼻はいびつだ。でも、笑っていた。
「今も、あんな顔して笑うんだ」
 隣で母がつぶやく。その顔には、つまらなそうな、意地の悪い蔑みが滲んでいた。
 やっぱりな、と思う。この女はあののっぺらぼうが晴れの舞台でどんな顔をするか、知らずにはいられなかったのだ。嫌いなくせに、すべてを掌握したがる。
「笑うって、美人とか不細工とかいう顔の造りと関係ない。笑顔って、もっと深いところから生まれて、深いところへ届くものだよ。お母さんには一生理解できないだろうけど」
 母がむっとして私を睨む。私はまっすぐ姉を見つめ、続けた。
「あの人、笑えるようになったの、やっと。ずっとのっぺらぼうみたいに生きてきて、でも旦那さんと出会って、7年かけてようやくここまで笑えるようになったの。ほんと、新郎さんには頭が下がる」
 美少女、と飽きるほど謳われた私が笑っても、「顔の造形に難あり」な姉の笑顔には到底かなわなかった。私は計算高い子供だったから。人を喜ばす微笑み方すら、知っていた。あの頃、姉はどの表情がどんな結果をもたらすかなんて、考えもしなかった。おいしい、きれい、ありがとう、だいじょうぶ、ただそんなやりとりで、いちいち花咲くように、その音まで聞こえるほどに、笑っていた。
 それは内側から生まれ、内側へ届く。
「花嫁さん、いい笑顔してたね」
「うん、すごく幸せそうだった」
 式の後、そんな声が周りで飛び交う。誰も「綺麗」だとは言わない。でも、誰もが笑っていた。


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このストーリーに関するコメント

19/02/07 風宮 雅俊

こう言うテーマの使い方もあるのだなと思った。
「別の男の血」が姉の性格の由来と母の美しさへの挫折と固執する経緯を表していると感じた。二千文字ならではの濃縮した表情が凄いと思った。

19/02/07 雪野 降太

拝読しました。
【弾ける】を考える時、周囲に影響を与えずにはいられまいという視点が興味深かったです。『私は計算高い子供だった』と言い切る主人公に個人的には特に魅力を感じました。作中を通して第三者であろうとしながらも、結局は姉を『あの人』と呼ぶことしかできないポジション……そんな主人公の主体性のなさこそが、他者の情動を揺さぶる姉との決定的な違いを生み出したのだろうと思えました。
読ませていただいてありがとうございました。

19/02/08 秋 ひのこ

*風宮 雅俊さま
こんにちは。コメントをいただきありがとうございます。
「別の男」とたったひと言書いた部分から非常に深く読み取っていただき、驚きとともに大変感謝しています。

*イト=サム・キニーさま
こんにちは。大変丁重な感想をいただき、ありがとうございます。
この話は、母が主人公、姉が主人公、で何度も書きなおし、最終的に妹を登場させてなんとか形になりました(^^;)
読ませていただいて、なんてとんでもないです!!
こちらこそ、貴重なお時間を割いて最後までお読みいただきありがとうございました。

19/02/15 クナリ

女性の容姿をテーマとして扱うのは難しいと思っていますが、だからこその深い内容と構成で、とても感銘を受けました。

19/02/17 秋 ひのこ

クナリさま
こんにちは。
クナリさんがもしこの話の「姉」を描いたら、もっとナイフを突き刺すような、えぐるような、私には到底思いつかない表現を使われるだろうな、と想像してしまいました(笑)。
感想をいただきありがとうございます!

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