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陽川 文実さん

純文学とミステリーとライトノベルが好きです。

性別 女性
将来の夢 一生ニートにならない。
座右の銘 「正義は必ず勝つ」のではない。「勝った方が正義」なのである。

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その花は、さっきより少し鮮やかに見えた

19/02/03 コンテスト(テーマ):第165回 時空モノガタリ文学賞 【 弾ける 】 コメント:1件 陽川 文実 閲覧数:123

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 ゆるやかな坂を上った先に、その神社はある。鳥居から続く常は暗い森が、今日はたくさんの提灯に照らされて、さながら異世界への入り口だ。
「うわぁー! 今年もキレイだねー!」
 今にも飛び出しそうな彼女の華奢な手を強めに握る。万一転んだりされてはたまったものではない。少し息が上がった彼女の背を撫でてやる。浴衣のさらさらとした手触りが心地良かった。
 彼女と並んで、境内の道をゆっくり歩く。広い道の両側に軒を連ねる屋台はどこも盛況で、活気溢れる声に満ちていた。
 彼女のすぐ傍を誰かが通った。庇うように彼女の肩を抱く。どこをを見ても人だらけの道にげんなりした。元々人混みは嫌いだ。だから本来、祭りも嫌いだ。けれど、
「すっごい人だねー。お店もいっぱいだ」
 ニコニコと音が出そうな笑顔で言われると、不平不満はどこかへ弾け飛んで、二人で来られた嬉しさ以外何も残らなくなってしまう。単純なヤツだ。
 屋台をあれこれ見ていた彼女が、一つの店に目を止めた。どうやら、くじのようだ。パッと輝いた瞳がこちらを向く。はいはい、と苦笑して身体を店の方へ誘導してやった。
 結果。まぁ、この手のくじでアタリが出たところなど見たことがない。それでも、彼女は今、いかにも女児向けのファンシーなシャボン玉を、道から少し離れた広場で楽しそうに吹いている。
 ふと、思う。彼女にとっては、なにもかもが楽しい出来事なのかもしれないと。
 シャボン玉が音もなく弾ける様にもはしゃぐ彼女。その笑顔が苦痛に歪んだ、あの日々を考えれば。
 彼女は半年前、余命一年を宣告された。
 彼女の浴衣から覗く腕は細く、白く、残酷な半年間を思い出させる。
 薬の副作用で吐き続けた日。痛みで指一本動かせなかった日。調子が良いからと中庭に出ていた数時間後には立ち上がることもできなくなっていた日。
 それでも彼女は諦めなかった。
「夏祭りまでは生きなきゃあね」
 それが入院してからの彼女の口癖だった。
 毎年八月上旬にある夏祭りは、十二年間、彼女がただの幼なじみだった頃から毎年、二人で行っている。つまり、毎年の習慣だった。
 夏祭りまでは。彼女の口癖は、いつしか二人の希望になっていった。
 想像を絶する苦痛の中でも、彼女は決して泣き言を言わなかった。いつも笑って口癖を繰り返して、それが彼女の生きる目的になっていたのだと思う。
 だから、ほんの少しでも希望を持ってほしくて、見えるところにポスターを貼った。ポスターを指した彼女の震える手を強く握った時、彼女は満足そうに微笑んでいた。
 祭りの一ヶ月前、浴衣をあげた。大手の服屋で買った安物なのに、彼女は泣いて喜んでくれた。身体を起こすのがやっとの体調だったが、看護師にせがんで着せてもらうと、ベッドから降りて、手すりに掴まり、ゆっくり回って、全身を見せてくれた。その時は視界が滲んでその姿がよく見えなかったのが非常に悔やまれる。
 そして昨日。歩ける程度にまで体調が戻り、一日だけ外出の許可が下りた。報せと共に抱きついてきた彼女が、この世界の何よりも尊い存在に思えて、普段は信じちゃいない神に感謝したりなんかした。

 目の前で影が動いた。我に返る。彼女が、不思議そうに手を振っていた。どうしたのと言いたげに首を傾げるのに、なんでもないと首を振ると、また笑顔でシャボン玉を吹き始めた。その白く骨ばった腕には、点滴の痕がいくつもある。いくつも。
 大きなシャボン玉が空に上り、弾けた。
 同時にドォンと音がした。
 ハッとして見上げる。直線上の上空に、大きな花が咲いていた。
 この祭りの目玉、花火。三つある四尺玉のうちの一つが、開幕の合図とばかりに上がったところだった。
 続いて小さな花や光の絵文字が次々と弾けて散って、木々の間の狭い空を光の残滓で埋めていく。

 唐突に、恐ろしいほどの不安に襲われた。

 この祭りが終わったら、彼女は何に縋って生きていくのだろう。何を目的にして生きればいいのだろう。宣告では残り半年。けれど、目的を失くした今、彼女は。
 胸の内でシャボン玉が弾ける。

 不意に呼ぶ声がした。視線を下げると、いつのまにか、少し離れた石段の手前に彼女がいた。怖くなった。彼女が、落ちてしまいそうで。
「ねぇ、ここ、座って見ようよ!」
 手を振り笑う彼女の背後で、二つ目の四尺玉が上がった。つかつかと彼女に歩み寄り、肩を抱いて座る。彼女は、くすりと笑った。
「また、来年も見ようね。花火」
 彼女を見た。瞳には強い光が宿っている。
 そうだ。また来年。また目的は同じなんだ。来年も、その先も、ずっと。
 少しだけ滲んだ視界を誤魔化すように乱暴に拭う。
 もう一度見上げた花火は、さっきとは少し違って見えた。


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このストーリーに関するコメント

19/02/04 イト=サム・キニー

拝読しました。
余命を告げられる絶望感や、当事者でありながら何もできないという無力感に押しつぶされまいと、健気に振る舞う二人の姿が痛々しかったです。コンテスト開催時期とのギャップもあり、『なにもかもが楽しい出来事なのかもしれない』と思い込まずにはいられない舞台設定に、どこか夢幻にも似たものが感じられ、辛い内容を少しやわらかく受け止めることができました。
読ませていただいてありがとうございました。

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