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白*hakuさん

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風船のものがたり

19/01/27 コンテスト(テーマ):第165回 時空モノガタリ文学賞 【 弾ける 】 コメント:4件 白*haku 閲覧数:155

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 自転車の空気入れで、ぼくは赤い風船を膨らませていた。シュウッ、シュウッっと行き場をなくした空気は赤色のゴムを押し広げ、その色は徐々に白く薄くなっていく。
「風船なんか売れるものか。夢を売ってるつもりか」
 目の前にひとりの少年が立っていた。道行く人の目がぼくに向けられた。
「そんなもの誰も買いやしない。この美しい街並みに、子どもだましの代物は似つかわしくない」
 見苦しいんだよ、とぼくと同じ年頃の少年はチューブの先の風船に唾を吐きかけた。
 少年の後ろを通り過ぎる人たちは眉をひそめ、口元をゆがめていた。どこからか潜めた笑い声が聞こえた。
 シュウッ、シュウッ。
 風船が限界まで膨らむ。ゴムは伸び切って、あとひと押しで割れそうだ。
「これは売り物じゃない」
「じゃあ何なんだ。街なかでゴミを膨らませて、おまえはどうしようって言うんだ」
「空に飛ばす。誰かに届くかもしれない」
 はっ、と少年はバカにするように息を吐き出した。
「空気を入れたって風船は飛びやしない。地面を這うだけだ。風で転がされて踏みつけにされるだけだ」
「それでも構いやしないさ」
 チューブから風船を外し、口を閉じた。表面には少年の唾が垂れていた。
「この風船は誰も触りたくないだろうね。君の唾がついているから。みんな風船から離れていく」
 カッと少年は目を見開いた。次の瞬間、風船が弾けた。頬に飛沫があたる。唾だ。
 少年の手には小さなナイフが握られていた。
 道行く人が足を止め、ぼくは自分の手の中の赤いゴムの残骸に目を向けた。
「ぼくを刺さなければ風船はなくならない」
 ぼくは新しい風船をとりだしてチューブの先に取り付けた。シュウッ、シュウッと、ぼくは頭のなかに浮かぶ言葉を空気とともに風船に送り込む。そして空に放つ。誰かが受け取ってくれますように。
 少年はひたすら風船にナイフを刺し続ける。
 ぼくは、隣町の片隅で風船を売っていた、ひとりの少年の姿を思い出していた。緑色の美しい風船は、自然豊かな隣町にとても似つかわしかった。風船の緑は木々の緑に紛れ、誰の目にもとまることなく、萎み、踏みつけにされ、清掃員が箒で回収してゴミ箱に捨てられた。
 少年は風船を割りつづける。
 ぼくは風船を膨らましつづける。
 頭のなかに物語を描き、空気とともに風船に注ぎ込む。大きな樫の木の下で、ひとりの少年が風船を膨らませていた。猫が物珍しそうに前足で風船をつつき、風がその美しさに魅せられて空に連れ去って行く。鳥たちは緑の風船とともに風に乗り、わずかに萎んだ風船はある家の庭に下りた。幼い声が聞こえる。
「ママぁ。ふうせんがお庭におちてるー」

〈了〉


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このストーリーに関するコメント

19/01/27 イト=サム・キニー

拝読しました。
ナイフ少年と同様に、どうして主人公が風船を膨らましているのかわたしも気になりました。
読ませていただいてありがとうございました。

19/01/27 白*haku

火奈樋 ソギ様
お読みいただきありがとうございました。
こんな風に自分の膨らませた物語が誰かの手元に届く。それを風船に置き換えて書きました。ときに批判や中傷に晒されることもあるけれど、それでもなぜだか物語を書かずにはいられないのです。少年が風船を膨らませるように。
どうもありがとうございました。

19/02/06 文月めぐ

拝読いたしました。
風船が誰かに届くかもしれない、と膨らまし続けるぼくがとても健気でした。
結局割れてしまう風船ですが、希望が見える物語ですね。

19/02/08 白*haku

文月めぐ様
お読みいただきありがとうございました。
希望を感じていただけてうれしいです。

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