1. トップページ
  2. 放課後の音楽室

うたかたさん

どこにでもいる高校生です!

性別 男性
将来の夢 安定した職に就くこと
座右の銘 今を真剣に

投稿済みの作品

1

放課後の音楽室

19/01/27 コンテスト(テーマ):第165回 時空モノガタリ文学賞 【 弾ける 】 コメント:1件 うたかた 閲覧数:109

この作品を評価する

 それは金曜日、校舎中にチャイムが鳴り響く。短いホームルームで先生のくだらないダジャレを聞いたところで放課。
 僕は音楽室へ向かった。実は今日は考査の一週間前、部活動はどこも休みだから早く帰らないと見回りの先生に叱られる。
「おい、危ないだろ。廊下は走るなって――」
「すみません!」
 角で冬場なのに汗を垂らす生徒指導の先生とぶつかりそうになったが、それも華麗にかわし、階段を降りる。
 友人に一緒に帰らないかと誘われたがそれよりも大事な誘いがあったから当然断った。それが今音楽室に向かっている理由だ。
 音楽室に近づくにつれ、ピアノの響きが大きくなってゆく。どこかで聴いたことがある曲だった。
 廊下と対照的に明るい室内に僕の目は追い付かず、中の様子をよく確認もしないままドアを静かに開けた。
「ごめん、待った?」
「ううん、大丈夫」
 焼けたような鮮やかな室内に彼女は明かりをつけず、ただ独りピアノを弾いていた。僕の入室でその演奏を止めてしまった。
「そこに座ってくれる?」
 彼女は座ったまま、近くに一つ放置されていたパイプ椅子を指さした。
 リュックを椅子のそばに降ろすと僕は僅かばかりの緊張とともに椅子に腰かけた。
 気づいた頃には彼女の演奏は再開されている。彼女の音色とともに僕の鼓動が沈められていくのを感じた。どうして僕はここに呼ばれたのだろう。それも、幼馴染の彼女に。
 よくよく考えてみると、こうして彼女と二人きりになるのは小学生のころ以来だろうか。それに、最近では言葉すらめったに交わさない。
 突然、局の途中で演奏が止まった。
「ねえ、なんか言ってよ」
 彼女は笑いながらおかしそうに言った。それはこっちのセリフだ、と今の僕なら言いそうだが、その時の僕にそんな余裕はなかった。次にどんな言葉を返せばよかったのだろうか。
「え、ああ……」
 僕は苦笑いをする。
「あのね、私、明後日引っ越すんだ」
「あ、そうなんだ……」
 当然、僕は絶句した。そのことは僕にとって何か大切なものを失うことになるのではないだろうか、と考えたからだ。特段、僕は彼女に好意を寄せているわけではなかったから、そういう淡い恋心から来た心情ではないだろう。そう信じたい。しかし、名状しがたい感情にその時の僕は襲われていた。もう彼女と学校で会うことはない。
「びっくりした?」
 彼女は視線を故意にそらした。
「いや、別に……」
 嘘だ。僕は続けた。
「でも、何で引っ越すの?」
「んー、家庭の事情かな」
 鋭い夕日は彼女の表情をきめ細かく描写し、それはまた僕にも同様であっただろう。どこか異空間にも似た僕の前の景色はもう二度と見ることはできないはずだ。
「そっか」
 僕はきっとしつこかった。実は幼稚園の頃、ピアノが得意だった彼女に憧れて僕は彼女から弾き方を教わっていた。しかし、その頃は全く上手く弾けなかった。そんな彼女になんとか近づこうと密かにピアノを練習してきたことを話したことはない。そんな日々も今日で終わりだ。
「どこに引っ越すの?」
「それは……」
 彼女は膝に置いていた手をスカートをなぞるようにして動かした。室内にはそのこすれる音だけが残る。
「秘密かな」
 僕はその時さらに問い詰めていればこの後悔にはつながらなかったのだろうが、それが良い決断だったとも思わない。やはり僕はどうすることもできないで、彼女が片づけを始めたことに何の反応もせずにいた。
「私から伝えたかったのはそれだけ、じゃあね」
 僕は立ち上がったが、彼女を引き留めることもなく、独り心に残ったわけのわからない感情と対峙していた。
 外からは、大勢の生徒が話をしている声が聞こえてくる。ゆっくりではあるが確かに暗くなってゆく音楽室にいささかも感傷的にならなかったわけでもない。そんな自分から逃げるように、僕は急いでリュックを背負おうとした。
「なんだこれ……」
 それは、今しがた彼女が弾いていたピアノの上に一枚置いてあるメモ用紙。
 僕はそれに異様に救いを求めて手に取った。
『ピアノの練習 がんばってね!』
 そのメモ帳は、ひらひらと床に落ちていった。


コメント・評価を投稿する

コメントの投稿するにはログインしてください。
コメントを入力してください。

このストーリーに関するコメント

19/01/27 イト=サム・キニー

拝読しました。
『それよりも大事な誘いがあったから当然断った』とはりきる主人公が、何を予感して音楽室に向かったのかが気になる作品でした。
読ませていただいてありがとうございました。

ログイン