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- おんな八十なかば、はじけちゃう
W・アーム・スープレックスさん

性別 | 男性 |
---|---|
将来の夢 | |
座右の銘 | 作者はつねにぶっきらぼう |
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このストーリーに関するコメント
19/01/26 風宮 雅俊
若さへの執着と言うか対抗意識と言うか、ストリーの展開も上手く切り替わっていて、
最後の滝江のイヤラシサが空回りしているのも、色々と奥が深いのに笑いにまとめていて面白いです。
19/01/26 W・アーム・スープレックス
コメントありがとうございます。
これからは元気な高齢者もふえてくるでしょうから、恋でもなんでも、おおいにはじけてもらいたいものです。
19/02/03 笹峰霧子
頼もしいお婆さんのストーリーを面白く読ませていただきました。私は句会に入っていますが支部の会員8名の内6名の先輩が80歳を超えておられ俳句の情熱と体力は私より何倍もおありです。若い時から培っている技であれば高齢になってもやれるのではないかなと思います。お元気で弾んでいる高齢者は励みになりますね。
19/02/03 W・アーム・スープレックス
コメントありがとうございます。
年齢を重ねた人というのは味わいもあり、人間的にも魅力のある方が多いですよね。以前レストランで食事をしているとき、テーブルの向いに座った女性がじろじろとこちらをながめるのを感じて、私が不快もあらわに見返したところ、八十代なかばと思えるその女性がにこりと、とろけるような笑みをなげ返してきました。負けたと私は、じぶんの未熟を痛感しました。
「栗山さんの、お婆さん――本人の前でお婆さんなんていったら、怒られるわね――、またいちだんとお若くなられて、あれで八十なかばだなんて、とても信じられないわ」
「ほんと。あたしより三十年上というのに、うちのバカ亭主ったら、お前より若くみえるなんていうのよ」
と、たまたま街角ででくわした近所の奥さんたちが、いつおわるともない立話の話題となっているのは、このすぐむこうにすむ栗山という、五年前主人と死別し、いまはひとり悠々自適の暮らしをしている女性のことだった。
「うちの娘が、栗山さんのお孫さんの友達でね、以前は栗山さんの家に、いっしょに遊びにいったこともあるのよ」
と、髪を無造作に束ねた女の方が、こちらは人気女優がしている髪型をまねた女の方に、いった。
「大きなお屋敷なんでしょう。資産家ともきくし」
「そこによく、孫の知り合いの若い男女を大勢呼んで、パーティーを開いたり、ダンスを踊ったりするんですって」
「え、だれが」
「栗山さんがよ」
「だって栗山さん、八十すぎておられるんでしょう」
「その栗山さんが、若い男の子や女の子とまじって、ヒップホップダンスでとびはねるって話よ」
「あ、だから、あんなにお若いのか」
「それだけじゃないの」束ねた髪のほうが、あたりをみまわし声を落として、「栗山さんの若さの秘訣は……」
女優の髪型のほうが、じれったそうに、
「はやくおっしゃいな」
「これはうちの娘がなかよくしている栗山さんのお孫さんから直接きいたんだけど――」
「そんなことどうでもいいから、なんなのよ」
「恋よ」
「……恋」
「そうよ。栗山さんいまなお、そちらのほうはお盛んなんだって」
「ちょっと。あの方、四捨五入すれば、はや九十に手がとどくというお年なんでしょう」
「そう考えることが、すでに年寄り予備軍に足を片方つっこむことだと、これは栗山さん本人のお言葉。そしてまた、女は恋愛をやめたとき、加速をつけて年をとりはじめるとも」
「そういう気持ちをもつことが大切なのね」
「気持ちだけじゃ、だめ。ほんとうに異性との恋愛にむっちゃ心をかたむける、つまり燃えることで身も心も、若返るって話よ」
「へえ」
「自宅に若い男女を招くのもあんがい、恋のお相手選びが目的じゃないのかしら」
「すらりとした筋肉質のイケメン青年と、ヒップホップでとびはねるうちに、体がふれあって、そのうちおたがい意識しあうというわけね……。だけど相手の青年からみたら、掛け値なしにお婆さんの年代よ、栗山さん」
「その考えが、年寄り予備軍に――」
「片足つっこんでいるっていいたいんでしょ」
「もちろん栗山さんだって、そのことは十分ご承知のはずよ。だけどね、恋って、そんな年齢差をさえ超越してしまうだけの、摩訶不思議な力をもっているものなのよ。いまの栗山さんが、如実にそれを証明しているわ」
「それは認めないわけにはいかないわね」彼女はそれからひとりつぶやくように、「ヒップホップに恋か……」
二人がたたずむ場所からすぐこちら側の家のなかでは、沖村滝江がさきほどから窓際にへばりつくようにしてじっと耳をすましていた。
「ヒップホップに恋」
滝江の口からおなじことばがもれた。じつは滝江も、栗山と同じ年代で、しかしこちらのほうはみるからに八十代の、自他ともにみとめる高齢者だった。
とはいえ滝江も内心では、やはり栗山のような年齢を感じさせない若々しい、はじける女になりたい欲望だけはひといちばいもっていた。
いいことをきいた。と滝江は、まだあいかわらず立話に熱中している彼女たちを、窓越しにながめた。
家の広さでは、栗山さんちと大差はなかった。若い男女、いやこのさい、男性ばかりあつめて、ダンスが踊れるフロアも十分ある。
滝江はさっそく、孫の一郎をよんで、ふだん彼が親しくしている男友達を招くよう頼みこんだ。それにはたまげた一郎だったが、それよりも滝江が何十年ぶりかで化粧をし、装いもこらして、彼が集めた男たちとフロアでダンスを踊りだしたのをみたときほどおどろいたことはなかった。
だが、さすがに滝江にとって、ヒップアップははげしすぎるとみえ、たちまちあしをもつらせ、フロアに倒れこんでしまった。
そばにいた男性が、滝江にかけより、
「まずいな。股関節を脱臼したかな」
滝江の孫が、ちかくに病院があるから、すまないがつれていってくれないかと頼みこんだ。大柄な男性は、まかせろとばかり、滝江をおんぶすると、病院にむかった。
「迷惑かけて、すみませんね」
彼の背中のうえから、滝江はあやまった。
「なに、気にしなくていいですよ」
「ま、男らしい方。……私なんだか、はじけそう」
彼は何をききまちがえたのか、
「もうちょっとの辛抱ですよ、がまんしてください」
声をかぎりに励ました。