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木野 道々草さん

2017年1月から参加しています。よろしくお願いします。(木野太景から道々草に変更しました)読む方で参加することが多いです。

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紙飛行機

19/01/21 コンテスト(テーマ):第164回 時空モノガタリ文学賞 【 着地 】 コメント:2件 木野 道々草 閲覧数:204

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 夕食を作っていると、五歳になる娘が犬を飼いたいと言い出した。

「おかあさん、あのね、ワンちゃんがほしい」
「犬はね、ちょっと飼えないね」
「ちーちゃんのいうこと、なんでもきく、ワンちゃんほしい」
「あのね、犬がお利口さんで人の言うことをきくのは、飼う人がちゃんと躾をするからなんだよ」
「うん」
「ちーちゃんは、お母さんの言うことをきかないよね」
「うーん、たまに?」
「たまにじゃなくて、言うこと聞かないでしょ。そういう子に、犬の躾はできません」
「じゃあ、どうしたらワンちゃん、かってもいいの?」
「飼いません」
「かって」
「買いません」

 娘は自分の言うとおりにならず、癇癪をおこして泣き出した。昔、アニメか漫画で見たように子供が床の上で手足をバタバタさせるあれをやって暴れた。

「ちーちゃん、床を蹴るのはやめなさいね」
「ワンちゃん!」

 アパート住まいで、この間も下の階の住人から苦情があった。あまり苦情が多いと退去させられるかもしれなかった。
 娘に静かにしてもらわなければ――

「ちーちゃん」優しい声で呼びかけた。「あのね、犬を飼うことはできないけれど、もっといいものをあげる。手を出して」
「……いいもの?」
「はい、魔法の折り紙。この折り紙で折ったものは、何でも一つ、ちーちゃんの言うことをきいてくれるんだよ」
「ほんと?」
「本当だよ」
 もちろん、ただの折り紙だ。母子二人きりの生活だから、叱ったりなだめたり嘘をついたり、私一人で何役もしないといけない。
「じゃあ、おかあさん、ワンちゃんつくって」
「ちーちゃんが、自分で好きに折ったらいいよ」
「ワンちゃんは、つくれない」
「お母さんも、ワンちゃんは折れないなあ」
 娘の表情が曇り出した。せっかく折り紙遊びをさせようと思ったのに、また泣き出しそうだった。
「じゃあ、ワンちゃんは無理だけど、お母さんが紙飛行機を作ってあげる」
「ひこうき?とぶやつ?」
「うん、飛ぶよ。どんな紙飛行機がいい?」
「じゃあねえ、ちーちゃんのいうこと、なんでもきくの」
「……何でもじゃなくて、一つだけね」
「じゃあねえ、ちーちゃんがいいよっていうまで、ずっととんでるの」

 ハードルの高い要求だった。でも私は落ち着いて、ひとつひとつ丁寧に折り、魔法の紙で特別な紙飛行機を作っているように演出した。娘は、私の手元をじっと見つめていた。

「はい、出来ました。飛ばしてごらん」
 娘は頷くと、力いっぱい紙飛行機を飛ばした。しかし紙飛行機は一瞬浮いただけで、すぐに落下した。
「いうこときかない」
 娘は非難するような目を向けてきた。
「まず、練習しないとね」
 私は娘の手に自分の手を重ねて、紙飛行機を一緒に持ち「せーの」で飛ばした。紙飛行機は部屋の中を一周すると、絨毯の上に降りた。
「とんだ!」
「よかったね」紙飛行機を拾い上げ、もう一度娘の手に持たせた。「こうやって持って、手を離すときはこうするんだよ。出来そう?」
「できるとおもう」
「じゃあ、練習してごらん」

 私は、娘が練習しているのを何度か見た後、台所に戻って夕食の支度を再開した。
 しかし数分後、娘のはしゃぐ声がした。
「とんでる!」
「ちーちゃん、静かにね!」
 見ると、やはり飛び跳ねていた。止めさせなければ。私は、「飛んだ、飛んだ」と喜んでいる娘を抱き上げ、ソファの上に座らせた。
「飛んだり跳ねたり、騒いだりはだめ」
 娘は、注意されているのに、顔にこにこさせていた。そして天井を指さした。
 見ると、紙飛行機がゆっくり回って飛んでいた。
「もういいよー」
 娘が天井に向かって呼ぶと、紙飛行機は、一瞬動きを止めたように見えた。
 紙飛行機は大きく弧を描いた。先端をこちらに向けて降りてくる。そして、娘の両手の平の上に着地した。
「ひこうき、いうこときいた」
 と言って、娘は「いいこ、いいこ」と紙飛行機の羽を撫でた。
 私はただの偶然だと思った。
「おかあさん、もういっかいみて」
 娘は、再び紙飛行機を飛ばした。紙飛行機はゆったりと空中を泳ぐように飛んだ。
「まだだよ」
 娘が言う――それから、三十秒以上は経ったと思う。紙飛行機はまだ飛んでいた。
「もういいよー」
 娘が言うと、紙飛行機は方向転換し、静かに降りてきた。娘が両手の平を差し出すと、そこに着地した。
「もう、いうことをきくようになったの」娘は嬉しそうに、紙飛行機を私に見せてきた。「ちーちゃん、ちゃんとできるの」
「何を?」
「ひこうきのしつけ。だからね、ワンちゃんがほしい」
「ちょっと待って」
「なんでもいうこときく、ワンちゃんにする」
 娘は自信満々に、また紙飛行機を飛ばした。
 私はそれを目で追う。娘が「もういいよー」と言う。紙飛行機は、娘の手の平にお行儀よく着地した。


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このストーリーに関するコメント

19/01/23 雪野 降太

拝読しました。
面白かったです。紙の造形物を魔法や何らかの技法で使役する、という描写は個人的には大変好みです。ただ、御作のように「着地を許可する」という使い方……それも『ひこうきのしつけ』という表現はコンテストテーマも活かされていて、ほんわかと、また、不可思議な現象に対する警戒感が両立して魅力的でした。
読ませていただいてありがとうございました。次回作も楽しみにさせていただきます。

19/01/24 木野 道々草

火奈樋 ソギ さま
コメントをいただき、ありがとうございます。少しでも楽しんでいただけましたら嬉しいです。コンテストテーマ【着地】といえば、私は自分が書く側になった時、物語を着地させることは本当に難しいことだと痛感します。今作は、子供を登場させたことで話がまとまったように思います。ほんわかした雰囲気も出せたかもしれません。作品の構成や表現にまで踏み込んだご感想をいただき、ありがとうございました。勉強になり、励みになります。

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