1. トップページ
  2. 宇宙からの贈り物

冬垣ひなたさん

時空モノガタリで活動を始め、お陰さまで4年目に入りました。今まで以上に良い作品が書けるよう頑張りたいと思いますので、これからもよろしくお願いします。エブリスタでも活動中。ツイッター:@fuyugaki_hinata プロフィール画像:糸白澪子さま作

性別 女性
将来の夢 いつまでも小説が書けるように、健康でいたいです。
座右の銘 雄弁は銀、沈黙は金

投稿済みの作品

1

宇宙からの贈り物

19/01/21 コンテスト(テーマ):第164回 時空モノガタリ文学賞 【 着地 】 コメント:6件 冬垣ひなた 閲覧数:154

この作品を評価する

 小惑星探査機『MUSES-C』(ミューゼス・シー)から分離された半円体のカプセルは、蟻が歩くほどの速さで母星へ向けてゆっくり進んでゆく。7年に渡り、星の大海を旅した「彼」に課せられたミッションだ。
 小惑星「1998SF36」のかけらを採取し人類に届けるため、60億qも飛行した宇宙の旅も、終わりを迎える時が来たのだ。カプセルに入った小惑星のサンプルがもたらすデータは、母星の起源を知る足掛かりになることだろう。
 機械である『MUSES-C』は感情を持ち合わせていない。しかし、任務を果たした後の自分の運命は察していた。金色の直方体のボディは傷つき満身創痍だ。ソフトウェアの老化も顕著になり、このまま工学実験のために宇宙を飛ぶことも叶わなくなった。もうこれ以上動けない。それは彼自身が一番理解していたことだった。
 『MUSES-C』には、カプセルについているような高温に耐えるヒートシールドはない。
 これからの大気圏再突入は、旅の果ての「死」を意味していた。
 

 『MUSES-C』は、次の通信が来るまで宇宙空間をしばし漂った。
 彼が知性らしきものを宿したのは、母星で暮らす88万人の名前を刻んだターゲットマーカーに込められた念かもしれない。「1998SF36」に投下したターゲットマーカーは、『MUSES-C』の訪れた証としていつまでも残るだろう。
 深淵の宇宙は無限に広がり、恐ろしいほどに無数の星々がちりばめられていた。それ以外に何もない。ほかの星の生命体にも、人間を創った神にも出会うことのない旅路の中で、多くのトラブルがあった。
 小惑星への不時着や燃料漏れの果てに、宇宙空間を永久に彷徨うことも覚悟した。母星からの通信を頼りに帰ってこられたのは、奇跡という言葉が科学を超えたような錯覚さえした。
 なのに『MUSES-C』には、この結末を見届けることはできない。
 サンプル採取の結果は、地上でカプセルを受け取る科学者や技術者といった生みの親にしか分らぬことだった。
 母星から通信を送る「親」たちは、『MUSES-C』の旅をひたすら見守ってくれた。工学実験機に人の気持ちは分からないが、その指示には信頼を置いている。使命を終えた探査機を破壊することは、賢明な判断に違いない。
 だから、『MUSES-C』に届いた次のコマンドは理解不能だった。
 こんなことに何の意味があるのか。
 人間の考えることは、やはりよく理解できない。

「母星の方向へ向くよう姿勢移動」
「カメラの電源、ON」
 
 壊れたボディを長い時間を要して動かし、『MUSES-C』は忠実に指令を実行する。
 大気に包まれた青い、青い惑星がカメラを通し、彼の前に広がっていた。
 もう二度と見ることはかなわないと旅立った、母なる星・地球。
 わが身は燃やし尽くされて、この星の大気に還るというのも悪くはない。
 この行動を言い表す感情は、彼の中にプラグラムされていない。人間であるならば、おそらく喜びに属する好ましい意識が芽生えていたことだろう。
 『MUSES-C』は不安定な通信の中、地球に最後のデータを送り続ける。
 地球よ、無事に贈り物は届くだろうか。


 秒速12qで地球の大気圏に再突入した『MUSES-C』は高温できしみ、青いソーラーパネルの翼は耐え切れずに吹き飛んだ。落下しながら、残存していたガスで光球になっていく自身を見つめても、彼は穏やかだった。
 長旅を支えたパラボラアンテナも四散する。
 機体が剥がれ、星のように青白い炎を上げる。
 『MUSES-C』という存在がこの世から消えようとしたその時、ひときわ輝きながら先を行く光を、彼は知った。
 カプセルだ。弧を描き、地上に向かって流れていく。
 『MUSES-C』は死の代わりに、人間のいう未来を予感した。
 宇宙を旅したこの身の片割れに、星のかけらが入っているといい。
 さあ、お前だけは地上へお帰り。みんなが待っている。
 ミッションコンプリート。

   ◇  

 探査機に「地球を見せてやりたい」との想いから、最後のミッションになった撮影は、途中で通信が途絶えたものの、最後の一枚には鮮明に地球の姿が捉えられていた。
 ……2010年6月13日、小惑星探査機『はやぶさ』(MUSES-C)、地球へ帰還。
 光輝きながら最期を遂げた『はやぶさ』の遺志を継ぎ、カプセルはパラシュートを開きゆっくりと地面へと着地した。孤独な旅を終えた彼の一部が、ようやく地球へと里帰りを果たしたのである。
 カプセルはオーストラリアのウーメラ砂漠にて発見され、5か月後には、回収された微粒子が小惑星『イトカワ』(1998SF36)のものであると判断された。
 届けられた宇宙からの贈り物は、『はやぶさ』の軌跡であり、奇跡でもあった。


コメント・評価を投稿する

コメントの投稿するにはログインしてください。
コメントを入力してください。

このストーリーに関するコメント

19/01/22 風宮 雅俊

宇宙を題材にしたのは初めて? でも、ひなたさんらしいヒューマンドラマになっている。あの困難なミッションに探査機の矜持がなければ達成し得ないと言う視点も好い。

19/01/22 イト=サム・キニー

拝読しました。
当時の盛り上がりを思い出させてくれる作品でした。
読ませていただいてありがとうございました。

19/01/23 冬垣ひなた

風宮雅俊さん、お読みいただきありがとうございます。

「はやぶさ」関連はいくつも映画化されているのですが、テーマに合わせた切り口で、自分らしさを出せたかなと思います。自分で色々調べてみて、発見も多かったので書いてよかったです。

19/01/23 冬垣ひなた

火奈樋ソギさん、お読みいただきありがとうございます。

当時のブームは凄かったですね。私は帰還した実際のカプセルを2回見に行きました。こうして出来た自分なりの物語を、「はやぶさ」をお好きな方に読んでいただけて、とても嬉しく思います。

19/01/25 冬垣ひなた

《小惑星探査機「はやぶさ」について》
 2003年にM-Vロケットで打ち上げられた「はやぶさ」は、太陽を公転する軌道で、2005年には小惑星「イトカワ」に到着。かけらを採取する最中に機器のトラブルもあり、宇宙空間で2か月近く行方不明になった。その後に通信は戻ったものの、帰還は3年延期されることに。
 帰路ではエンジントラブルを起こしつつも、遠くから見守る科学者・技術者のフォローで、ついに地球に帰還した。自らは大気圏で燃え尽きる最期だったが、地球重力圏外の天体に着陸してのサンプルリターンなど、数々の世界初のミッションを成功させた探査機である。
 なお2014年に宇宙へ旅立った後継機の「はやぶさ2」は、2018年に小惑星「リュウグウ」に到着、現在も順調に小惑星を調査中である。

19/01/25 冬垣ひなた

《補足説明》
・画像は写真ACからお借りしました。左の画像は「はやぶさ」とよく似てますが、これは「はやぶさ2」と小惑星「リュウグウ」です。探したのですが、なかったので……。

ログイン