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宮下 倖さん

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ハルタ、街へ行く

19/01/21 コンテスト(テーマ):第164回 時空モノガタリ文学賞 【 着地 】 コメント:1件 宮下 倖 閲覧数:61

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 旅立ちの時は来た。ハルタは風のしっぽを見つけようとじっと息を潜めていた。
 兄弟や仲間たちのほとんどがすでにこの地を離れている。ついに自分も旅に出るのだとハルタはわくわくしていた。
 一瞬風が止んだ。すぐ近くに風のしっぽがひらめいた。
 今だ! 風のしっぽに触れると、ハルタはそのままふわりと宙に浮かぶ。さっきまでいた地上はみるみる遠くなり、ぐんぐん空が近くなる。
 もしかしたら雲にも乗れるんじゃないかと思ったけれど、風のしっぽはゆるゆると速度を落としハルタの旅はのんびりと始まった。
 ハルタの旅の目的は自分の場所を見つけることだ。
 住みなれたふるさとを慕ってあまり遠くへ行かない仲間も多い。ある程度遠くをめざす者たちも固まって移動するので、最終的に落ちつく場所は賑やかになる。
 けれど、ハルタは少しばかり変わっていた。
「みんなと同じじゃつまらない。ぼくは、ぼくだけの場所を探しに街へ行くよ」
 声高にそんなことを言うので兄弟や仲間はみな心配した。
「みんな一緒だからこそ安心していられるのよ」
「ひとりぼっちはさみしいだろう?」
「街なんて危険ばかりじゃないか」
 危険はハルタも承知していた。だいたい無事に街へ着けるかどうかもわからない。風のしっぽは大いに気まぐれなのだ。
 でもハルタはどうしても探してみたかった。誰かのために自分が特別になれる場所があるなら、そこを旅の終わりに決めたかった。
 やってみなくちゃ始まらない。ハルタは遠くに光る街並みに向かい、祈るような想いで風に身を任せていた。
 今日の風はひどく機嫌がいいらしい。街の方角へハルタは順調に運ばれていく。
 ふわふわと飛びながら仲間たちの気配を感じる場所がいくつもあった。
 山から旅立ったハルタは、その裾野に、山と山の間を流れる川の岸に、豊かに広がる草原に彼らの存在を感じていた。
 ときおり「ハルタ!」と呼ぶ声がした気がする。そんな声を聞くと、もうここでいいんじゃないかと弱気になることもあった。みんなと同じことが悪いわけじゃない。仲間が自分を呼んでくれる場所に文句があろうはずもない。ほんのすこしだけ泣きたいような気もちになった。
 でもハルタはぐっと前を向く。同じじゃつまらないと思った心に嘘はない。だれかの特別になりたいと思ったこともだ。
 街へ行くんだ。見たことのない世界を見る。この旅の終着は自分が選ぶ。
 風のしっぽはそんなハルタの決意を知ってか知らずか、のんびりと、でも確実に街へと導いてゆく。緑が広がる景色はしだいに少なくなり、色がくすんでいく。大地は蓋がされたように黒く光り、不安になるくらい冷たそうだった。
 それでも仲間たちの気配がまったくないわけではなかった。いくばくかの草むらのなかに、かろうじて土が見える道端に、黒光りする固い地面の隙間からもその気配はたしかにあった。
 それに力づけられるように街の上を飛んでいたハルタはちいさな泣き声を聞いた。
 どこからだろうと思ったとき、風がすこし弱まった。ハルタはすうっと下降する。
 そしてハルタは気づいた。ちいさなアパートのちいさなベランダにちいさな植木鉢があった。その植木鉢から泣き声がするのだ。
 ハルタはベランダの柵にひっかかることができた。植木鉢に声をかけることができそうだ。
「どうして泣いているの?」
 ハルタの声に植木鉢はとても驚いたようだ。泣き声が止む。
「だれ?」
「ぼくはハルタ。旅の途中なんだ。ねえ、どうして泣いてるの?」
「さみしいの。前はわたしにいろんな花が植えられていた。花たちとのおしゃべりがとても楽しかったのに、もうずいぶん長いことひとりぼっちなの」
 そう答えた植木鉢の声がまた湿ってくる。
 ハルタは仲間の言葉を思い出した。
 一緒だからこそ安心していられるのよ。ひとりぼっちはさみしいだろう?
 自分はずっとひとりではなかった。本当のさみしさを知らなかった。だから気軽にみんなから離れてきてしまったのかもしれない。
 いまハルタの前で、さみしさを知った植木鉢が泣いている。ハルタは「ねえ」と呼びかけた。
「ぼくじゃだめ? ぼくが一緒にいるよ」
「ほんとう? そばにいてくれるの?」
「もちろん!」
 ハルタは風のしっぽを探した。ちょっと押してくれるだけでいい。
 それに応えるようにふわっと風が動いた。ハルタは宙に浮き、植木鉢の中に下りてゆく。
 幸いなことに植木鉢の中には半分ほど土があった。そのやわらかな土の上にハルタはゆっくりと着地する。
 ここを自分の場所と決めた。ここで咲こう。もう植木鉢がさみしくないように。
 今は頼りない姿だけれど、つぎの春、黄色い花を咲かせたハルタを植木鉢はきっと喜んでくれるだろう。その日を夢見て、ハルタは白い綿毛を風にそよがせた。


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このストーリーに関するコメント

19/01/22 イト=サム・キニー

拝読しました。
誰かにとっての特別になりたいという想いを抱いた旅立ち――ロードムービーの醍醐味ですね。とはいえ、無条件に必要とされる場面にはなかなか出会わないのが常で、自分の居場所を持つ難しさを痛感するものですが、本作の主人公は良い出会いがあったようで何よりです。
読ませていただいてありがとうございました。

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