R・ヒラサワさん

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虹色

19/01/21 コンテスト(テーマ):第165回 時空モノガタリ文学賞 【 弾ける 】 コメント:4件 R・ヒラサワ 閲覧数:202

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 虹色をした球体はタケルの手からわずか数十センチの距離で、パッっと弾けて空へと消えた。
 カメラを構えたままのタケルは、モニターとナオミの顔を交互に見た。そしてナオミと目が合った。
「ねえ、タケル。やっぱ無理なんじゃない?」
「そんな事ないよ、絶対に出来る。いや、撮りたいんだ」
「だって、シャボン玉は飛んでるんだよ。で、私はここでじっとしてるの。だからタケルは動かなきゃいけなくなる訳よね?」
「そうだよ」
「タケルは動きながらピントも合わせて、構図も決めるのよ。そんなサーカスみたいな事が出来るの?」
「サーカス? 例えが変だよ」
「とにかく無茶な事しようとしてるって事よ!」
「そうかなあ……」
 以前、雑誌で見た写真の事をタケルは忘れられなかった。父の影響で十歳から始めたカメラはもう十年ほどになるが、未だに自分で納得できる写真は撮れていなかった。
 雑誌の中で見つけた一枚。それはタケルが撮りたいと思っていた理想の写真だった。人の真似でもいいから先ずは撮ってみたい。そんな衝動に駆られた。
 その写真にはモデルが必要だった。空中に浮かんだシャボン玉の中に、上下対称の人影が映っている。この撮影は簡単ではない。それに協力してくれる誰か。色々考えてみたけど、結局ナオミぐらいしか思いつかなかった。ナオミは半年前に別れた元カノだ。
 ナオミとは写真を通じて知り合った。スマホで写真を撮る楽しみを知り、本格的にカメラを使い始めたカメラ女子だ。コンパクト系の一眼をお洒落なストラップで首から下げ、歩きながら目に止まった被写体を捉える。ナオミが直感で撮るスナップ写真はとても魅力的だった。
 タケルは共通の知人から『写真のプロ』と紹介されたが勿論アマチュアで、月間誌での佳作が何度かある程度の腕だった。
 写真を教えると言う名目で何度か一緒に撮りに行った時、ナオミの方から何となく付き合おうと言われた。
 それから二カ月ほど経ったある日、突然ナオミから別れを告げられた。その時、首から下げたカメラはもう無かった。別れの理由は今でもわからない。タケルはナオミがきっと飽き性な人間なのだと思っている。
 その後、時々メールのやり取りはあったが、会う事は無かった。
 カメラから離れたナオミにモデル依頼など無理かと思ったが、一応連絡してみた。
「写真のモデル? ああ、いいわよ。どうせ暇だからね」と、意外にも二つ返事で引き受けてくれた。
 近所の公園での撮影だった。ここは広いわりに利用者が少なく、写真を撮るには好条件だった。百円ショップで買ったシャボン玉セットとカメラを持って。
 既にもう数えきれない程のシャッターを切っていた。しかし、思った通りの写真は撮れていない。
「タケル、まだ撮るの?」
「いいとこまで来てるんだよ。もう少しで撮れそうなんだ」
「でも、もう暗くなってきてるわよ。背景をボカしたいんだったら、明るい時じゃなきゃブレるんでしょ? タケルが教えてくれたんだよ」
「ああ、確かに陽が落ちてきてる」
「来週も暇だから次にすれば?」
「本当に?」
 ナオミとは、来週またこの公園で会う約束をした。方向が同じなので途中まで自転車で一緒に帰った。二人で話す中、ナオミはタケルと別れた後も一人でいる事が分かった。
 一週間後、タケルは同じ公園でナオミが来るのを待っていた。約束の時間を過ぎても現れず、先週よりも遅いスタートになりそうだった。陽が落ちるまでの時間は二時間程度だろうか。それまでに撮れるかは分からなかったが、写真に対するこだわりは捨てたくなかった。
 ナオミには二度目の依頼だ。だから今日は何としてでも上手く決めたかった。
「ゴメンね、バイトが長引いちゃって」
 ナオミは軽く息を切らしながら続けた。
「とにかく始めましょう。また陽が落ちちゃうよ」
 先週と同じ様に何度もシャッターを切った。しかし、頭に描いているイメージには程遠い。
「ねえ、やっぱりシャボン玉は固定した方がいいんじゃない? タケルが撮ろうとしてるのって、たぶん難し過ぎるのよ」
「ダメだよ。シャボン玉はちゃんと宙に浮いてなきゃ」
「やっぱ、こだわるわねえタケルは。人の意見も聞かないし。だからダメになったのよ、私たち」
「え?」
 ナオミの言葉の意味がしばらく分からなかった。
 時間は刻々と過ぎ、次第に陽も落ちてきた。
「ねえタケル。次にしたら? 来週また来てもいいよ」
 その時タケルが見つめるモニターには、まさに撮りたい瞬間が映っていた。今すぐシャッターを切ればいい。しかし、今日はナオミの意見を聞く事にしよう。来週また会いたい。ナオミもきっと同じ気持ちの筈だ。
 次の瞬間、タケルの指はシャッターではなくシャボン玉に触れた。
 虹色をしたシルエットが弾け、その向こう側には、笑顔のナオミが待っていた。


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このストーリーに関するコメント

19/01/21 村沢走

 落ち着いた筆致で分かり易かったです。腰が座っていて見ていて爽快でした。又、次の作品楽しみにしています。

19/01/21 R・ヒラサワ

村沢走 様

読んでいただき、ありがとうございます。
お褒めの言葉もいただき、とても嬉しいです。
テーマに沿って書くのは結構難しいと感じていますが、なんとか続けてエントリー出来ればと思っています。
どうもありがとうございました。

19/01/25 雪野 降太

拝読しました。
思い描く構図のためには周りが視界に入らない主人公――ある意味では夢見心地のような彼の目を覚まさせるかのような一言。それに応じた彼のこれからが気になる作品でした。
読ませていただいてありがとうございました。

19/01/25 R・ヒラサワ

火奈樋 ソギ 様

読んでいただき、ありがとうございます。
この話を書いている中、表現したい事が上手く伝わるか不安だったのですが、コメントを読ませていただき、お伝えする事が出来ていた様で安心しました。
主人公のこれからについては、私は良い方向にと願っています。
どうもありがとうございました。

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