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野々小花さん

野々小花(ののしょうか)です。文化教室に通って、たくさん書く勉強をしました。パピプペポ川柳を愛するパピラーです。【おくりもの】【実家】は諸事情により投稿をお休みいたします。

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向日葵の風船

19/01/20 コンテスト(テーマ):第164回 時空モノガタリ文学賞 【 着地 】 コメント:2件 野々小花 閲覧数:358

時空モノガタリからの選評

両親への揺れる思いを、故郷の街から飛んできた風船でうまく表現していると思います。馴染みの街から送られた向日葵の種を運ぶ風船は、主人公の女性に離れて暮らす母との関係を見直させる契機になったのですね。500キロという距離は母への心理的な隔たりでもあり、少女や向日葵から伝わる素直さは彼女が忘れてしまっていたものだったのかもしれませんね。隠喩などによって繊細な感情をしっかり表現されているところが素晴らしいと感じました。

時空モノガタリK

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 高校生になったばかりの今の私の生活は、平穏そのものだ。学校では友達も出来たし、父は毎日、魚市場に仕事へ行っている。
 両親が離婚したのは半年前のことだった。それを機に私と父は、父の生まれ故郷であるこの海沿いの町に越してきた。言い争う父と母の声が無い家の中は、痛いくらいの静寂に満ちている。
 静まり返った部屋の中は、ひどく息苦しい。父は昔からギャンブルにのめり込んでいた。酒が原因で職を失ったことも一度や二度ではない。母が愛想を尽かすのも当然だと思う。そんな父と、私は一緒に行くことを決めた。そんな父だから、ひとりには出来ないと思った。
『お母さんは、ひとりでも大丈夫だと思うから』
 私がそう言ったときの、母の顔が今でも頭から離れない。傷ついた顔をしていた。あんな顔は今まで見たことがなかった。静まり帰った家の中で、父について行くと決めた自分の選択は正しかったのだろうかと、時々、考えることがある。

 学校からの帰り道、ふと視線の端にゆらゆらと揺れる黄色い何かに気づいた。目を凝らすとそれは、風船だった。あてもなく、ふらふらと宙をさまよっている。しばらくすると、風船は道端にあるポストの上に見事、着地した。紐の先には小さな袋が括りつけられている。中には手紙と植物の種が入っていた。
『ひろっていただきありがとうございます』
 手紙には、大きな文字でそう書かれている。ひと目で小さな子供が書いたのだろうと想像できる。手紙を読むと、小学校の創立記念の一環として、校庭から風船が空に放たれたことが分かった。
『みずいろのふうせんは、わすれなぐさです。ぴんくのふうせんは、こすもすです。わたしのふうせんは、きいろだから、ひまわりです』
 どうやら、この植物の種は向日葵らしい。手紙の最後には大人の文字で、小学校の校名と住所が書き添えられていた。その住所に思わず目を見張る。両親が離婚するまで長年、家族で暮らしていた馴染みのある市の名前だ。ここからあの場所までは、500キロは離れている。こんな遠いところまで、風船は飛ぶことが出来るのか。
 ふいに、あの街で暮らす母のことが頭に浮かんだ。両親が離婚して以来、母とは会っていない。スマートフォンに届く母からのメッセージには、いつもそっけない返事をするだけだ。私は幼い頃から、誰かに甘えるということがひどく苦手だった。どうすれば良いのか分からないのだ。両親に対しても、それは同じだった。

 五月上旬、庭に向日葵の種を撒いた。芽はすぐに出た。そのことを手紙に書き、小学校に送った。向日葵は順調に、ぐんぐんと背丈を伸ばしていく。図書館で本を借りて、調べた通りに肥料をやった。倒れないように支柱も立てた。
 向日葵が咲いたのは、学校が夏休みに入ってすぐのよく晴れた日だった。とても濃い黄色をしている。私は種を取るために一輪だけを残して、残りの花すべてに鋏を入れた。
 萎れないように処理をした向日葵を抱えて新幹線に乗った。父にはなんとなく言い出しにくくて、母に会いに行くと言えたのは三日前だった。「そうか」と父は言った。それから、小さな声で「気を付けてな」と付け足した。

 半年振りの街は、何も変わったところはなかった。それなのに、もう私の知っている街ではない気がした。駅の北口を出て、以前住んでいた家に向かって歩く。南口を出てまっすぐ行けば、風船を放った児童が通う小学校に行き着く。杉崎あかね、というその少女とは手紙のやり取りが続いている。平仮名ばかりだった文面に少しずつカタカナや漢字が混じり始めたのを、微笑ましい気持ちで読んでいる。
 ずっと暮らしていた家なのに、インターフォンを押すのに勇気がいった。玄関が開いて母が顔出す。「おかえり」と言うその声をとても懐かしいと思った。
 私が抱えていた向日葵は、母の手で花瓶にいけられ、玄関にある下駄箱の上に置かれた。この家にも、痛いくらいの静寂が満ちている。静かすぎるのは、やっぱり苦手だ。息苦しい。上手く息が出来ない。
 その静かな家で、母と共に三日間を過ごした。その間に、私というものが根本から変わることはなく、やはり、上手に甘えることは出来なかった。私は私のままだった。
 そうして、気づいた。父と母が別れたとき、私はどちらかを選ぶしかなかったが、ふたりが自分の両親であることに変わりはないのだ。どちらの家にも「ただいま」と言って帰っていいのだ。

 頭の中に、あの黄色い風船のことが浮かんでくる。私はずっと、あのときポストに不時着した風船みたいに、ゆらゆらと頼りなく揺れる自分の心を持て余していた。
 でもさっき、当たり前のことに気づいたとき、私の心の中の風船は姿を消した。
 ゆっくりと、深呼吸をしてみる。大丈夫。平気だ。
 寂に満ちた部屋の中でも、私はもう息苦しさを感じなかった。



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このストーリーに関するコメント

19/01/20 雪野 降太

拝読しました!
とても面白かったです。甘えるのが苦手な主人公が両親の離婚に際して、より一層、自己の拠り所に覚束なさを感じる……そんな『私』のもとに舞い降りた風船と種。主人公が自身の根っこを再確認できたかのような終幕に、熱いものを感じました。個人的に、向日葵を手に新幹線に乗る場面が大好きです。
読ませていただいてありがとうございました。次回作も楽しみにさせていただきます。

19/02/25 野々小花

イト=サム・キニー 様

お読みくださりありがとうございます。
返信が遅くなり、たいへん申し訳ありません。
今回もテーマに四苦八苦しながら、なんとかラストまで書くことが出来ました。
コメントはとても励みになります。ありがとうございました。

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