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待井小雨さん

待井久仁子というペンネームで「小説&まんが投稿屋」というサイトで、童話やホラーやよくわからない物語を投稿しています。 ご興味を持っていただけたら、よろしくお願い致します。

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極楽鳥の降り立つ部屋

19/01/19 コンテスト(テーマ):第164回 時空モノガタリ文学賞 【 着地 】 コメント:2件 待井小雨 閲覧数:229

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 脚のない鳥が飛んでいた。その飛翔に目を奪われた矢先、翼が傾いで墜落の気配を見せる。思わず駆けより大きく広げた両腕の中に、鳥は力なく落ちてきた。
 無数の傷を負って衰弱している鳥の体には、元より脚のあった形跡はない。極光のごとく優美に輝く翼に、すぐに現の存在ではないと知る。
 極楽鳥――という名が口をついて出た。人の祈りのために飛び続け、地上に降りることのない天の鳥だ。
 この子が――と胸が締め付けられた。
 ……人の願いをその身に背負い永劫の時を飛ぶ鳥は、自らを休めることさえできずにとうとう地上に落ちてしまった。

 数日介抱を続けても、鳥は苦痛にあえぐばかりで目を開かない。何もしてあげられないのが不甲斐なく、鳥を毛布で包み抱きしめる。
 ――もう、飛ばなくてもいい。
 天の鳥は人類の願いの全てをその身に宿して飛び続ける。脚のないのは地に降りることなく祈りを捧げ続けるためだ。
 苦しみからの救済を、人の歴史の繁栄を、争いのない世界を――個々の望みや大きな意思の持つ祈りを抱えて続ける飛翔がどれほど永く重いものなのか、只の人の子の私には想像もつかない。
 ふと外の様子に気を向けると、世界にわずかに変化が起きていることに気が付いた。
(……増えている)
 世界の悲しみが、少しずつ。
 どこかの国で争いが起きている。嘆く声が響いている。空気に苦しみが融けていた。なぜそれを感じ取れるのかは分からない。けれど確かに世界に注がれていたはずの幸いが薄くなっていた。
「この子がここにいるから……?」
 ――極楽鳥が羽ばたかなければ祈りは天に届かない。
 その事実に愕然とする。この子の魂を犠牲にしなければ、人の世は容易く幸福への歩みを止めるのか。
 静かな怒りを抱いた私の隣で、天の鳥はようやく開いた瞳を悲しげに揺らした。

 羊水のような細雨が降り続くようになっていた。柔らかい雨は不思議な安堵を人々にもたらしたけれど、この雨は世界の悲しみが増えていることの証のようなものだった。
 世界が悲しみに崩れてしまわないよう、痛みに鈍くなるために天から雨は注がれる。町を満たしてゆく不思議な雨に人の目は向けられて、増えゆく不幸に気付くことすらやめてしまう。どこかで生まれた嘆きの声は、雨音に紛れて誰の耳にも届かない。
 街角で多くの人が口にするのだ。
 世界は雨の底に沈んでしまうのかもしれないね、と。
 ――怒りや苦しみ、幸福さえも全て静かな水の中に。
 キィィ、という鳴き声に我に返る。ようやく体の傷が癒えてきた鳥の示す意思に気付く。
「……だめよ、行っては」
 まだ飛べるような体ではないのにしきりに外を気にして悲しむ。
「そんな体ではだめ」
 宥めるように柔らかく抱きしめる。治ったとしても、もう私はこの子に飛んでほしくはなかった。
 このままでいればおそらく、世界は本当に雨に沈んでしまうだろう。水が満ちるほどに恐怖や苦しみは薄れ、静かに世界は終わるのだ。
 それでもう構わないと私は思ってしまう。数多の祈りのためにこの子が痛みを背負うのならば、そんな世などこのまま消えてもいいのではないかと……そう思ってしまう。
 そうしたらいつか、水分に満ちた世界は植物で溢れることだろう。柔らかな苔の大地ならば脚がないこの子もふわりと降り立つことができるかもしれない。
 そうなってほしいと思う。どうか、他の魂の祈りにとらわれることのないただの鳥になれる世界が来てほしい。――と、
 それが祈り――? という声がした。
 不意に鳥の羽が強く輝き出し、まばゆい極光が溢れた。
 いつしか窓の硝子は失せ、鳥は風を吹き寄せてくる外の世界に凛々とした瞳を向けていた。
 雨に融けた悲しみを見つめている。雨音にかき消された怒りに心を痛め、それらを幸福に変えようとする瞳。
「待って……!」
 ここにいてほしかった。他の魂のために傷を負わない、ただの鳥になってほしかった。
 ……そうだ、願ったのだ。私はそう「願った」。
 飛翔のための最後の力をもたらしたのは私の想い。鳥は私の願いを掬い上げることを選んでくれた。この子自身の幸いを数多の願いと共に抱えることを選んでくれた。――それならば。
 水に満ちた世界に太陽の光がさした。極楽鳥はもう振り返らず、軽やかに飛び去る。

 雨が光を反射させるのに目を細め、私は想像する。
 ――いつか人々が幸いに至る願いを鳥に託さずに済むほどに成熟したなら、あの子もどこかへ降り立つ選択をできるようになるのかもしれない。
 それはいつになるだろう。世界が植物に満たされるほどに遠い未来だろうか、それともこの部屋に迎えられる程度に近い未来だろうか。……どうか後者であってほしい。
 誰もいない世界で苔の大地に降りるより、私の広げる毛布の中で眠る未来が訪れることを、私は願った。


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このストーリーに関するコメント

19/01/20 雪野 降太

拝読しました。
語り部の望みとは違うのでしょうが、足の無い極楽鳥がやはらかな苔に不時着するイメージにうっとりしてしまいました。
読ませていただいてありがとうございました。

19/01/21 待井小雨

入戸月づきし 様

ご感想をいただきましてありがとうございます。
物語のどこか一場面でも心に残る情景が書けていたならこんなに光栄なことはありません。また、苔に降りる極楽鳥のイメージは自分でも気に入っておりましたので、そのように仰っていただけてとても嬉しいです。ありがとうございました!

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