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猫が木に登ったのは運命か

19/01/19 コンテスト(テーマ):第164回 時空モノガタリ文学賞 【 着地 】 コメント:1件 shio sato 閲覧数:279

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 運命について考えようと思う。
 運命という言葉を持ち出すとき、人は何かしらの困難を抱えている。運命、そう信じるからこそ一歩踏み出せる。運命、そう思うからこそ諦めもつく。今日のぼくはなかなか素敵なことで「運命」に想いを巡らせている。
 放課後に図書委員の集まりがあり、いつもより遅く学校を出た。田舎だから列車の本数は少ない。ぼくはダッシュで約一キロ走るか、それとも今から二時間近く暇を潰すかという選択を迫られた。結果、のんびり街を散策して帰ることにしたのだ。
 図書委員の集まり、これはぼくの意思ではない。
 普段よりも一本遅い列車にした、これはぼくが選択したことである。
 そもそも、図書委員になったのもぼくの意思ではなかった。委員を決定するその日、ぼくは風邪で学校を休み、「乾はいつも本を借りてるから」という理由で図書委員に選ばれた。ぼくとしても希望通りなのだが、もし風邪をひかずその場にいたなら、そういった気遣いをしてもらうこともなかっただろう。
 風邪をひいたのは妹にうつされたからだ。小学校で風邪が流行っていたらしく、コンコンと咳をして鼻水をすすっていた妹は、ぼくにうつすとすっかり元気になり、「いってきまーす」とはしゃいだ声をあげて学校に行った。
 妹のクラスで風邪が流行った原因までは分からない。ぼくが風邪をひいたのは運命で(母には自己管理ができていないと言われた)、図書委員になったのも運命で、学校を遅く出たのも運命だったするならば、運命とはずいぶん便利な言葉だ。
 街をぶらぶらと散策していたぼくは、ある公園の前を通りかかった。
 にゃあ。
 猫である。公園に足を踏み入れ辺りを見回すものの、その姿は見えない。
 にゃあ。にゃあ。
 見上げるとすぐ目の前の木の枝分かれした部分に小さな茶色の猫がちょこんと座っていた。
「降りられなくなっちゃったのかな」
 突然かけられた声に、ぼくは驚いて後ろを振り返った。そこにいたのは同じクラスの水嶋さんだった。
 彼女は心配そうに眉を寄せて猫を見つめ、その両手をまっすぐに空に向かって伸ばした。いや、猫に向かってなのだが、ぼくにはその仕草がとても崇高なもののように思えたのだ。猫はその手と、自分の足元と、地面とにきょろきょろと視線を動かしている。「おいで」と水嶋さんが伸ばした手は猫には届かない。これも運命なのか。
「ちょっと持ってて」
 ぼくは肩にかけていた鞄を水嶋さんに渡し、猫に向かって手を伸ばした。全然届かない。木の幹に足をかけ、勢いで枝を掴もうとした。なかなか上手くいかず、その度に猫はにゃあと声をあげて揺れる枝にしがみつく。水嶋さんはしきりに「大丈夫?」と聞いてきた。
「ぼくは大丈夫だけど」
「無理しないで。どこかから脚立でも借りてこようか」
 女の子の前でいい格好をしたいというのは男の性だ。
「もう一回だけやってみる」
 勢いをつけ、ジャンプして幹にかけた足はずるりと滑り、ぼくは手を伸ばすことすらできず木に抱きついた。大きく木が揺れ、「にゃあ」という鳴き声とともに頭のてっぺんに何かが落ちてきた。
「あっ!」
 水嶋さんの声に振り返ると、地面に着地した猫が脱兎のごとく走り去っていくところだった。猫なのに。ぼくは木に抱きついたままだ。
「大丈夫?」
「うん……」
 そろりとそろりと幹を伝い、慎重に地面に着地した。猫とは大違いである。水嶋さんは「よかった」と小さく息を吐いた。
「よかったね。猫、無事に降りられて」
「うん。乾くんも怪我がなくてよかった」
 はにかんだ笑顔は女神だった。神様これは運命でしょうか。
 いやいや、そもそもぼくは運命という言葉に懐疑的だったはずだ。猫があんな所にいたのは運命か。木に登って降りられなくなっただけの話だ。ぼくがいなければあの猫はずっと木の上で鳴き続けていたのか。きっと何かしらのタイミングで飛び降りただろう。ぼくの頭というちょうどいい踏み台ができたから、あのタイミングで飛び降りたのだ。
 猫には運命など関係なく、踏み出す瞬間を本能で察知するだけ。着地点が遠ければ怖気づきもする。それでも何かしらのきっかけで踏み出せば、どこかには着地できる。
 ここで水嶋さんに出会ったのを運命と信じられたなら、ぼくは怖れず木から飛び降りられる。けれどぼくは運命論者ではないから、タイミングを図らねばならない。
「水嶋さんも今帰り?」
 うん、と答えた水嶋さんは思い出したようにポケットからスマホを取り出した。
「約束の時間過ぎちゃった。ばいばい、乾くん」 
 スマホを耳元にあてて小走りに去っていく彼女の、その口から出た「待たせてごめんね、アキラ君」という知らない名前に、運命という言葉がまたぼくの頭をよぎった。
 そう、これは運命だ。そう思えば諦めもつく。運命とはやはり便利な言葉なのだ。


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このストーリーに関するコメント

19/01/19 雪野 降太

拝読しました。
運命の言葉に翻弄される主人公の心と思考の移り変わりを楽しく読ませていただきました。
ありがとうございました。

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