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三明治さん

性別 男性
将来の夢 もう将来はありません。
座右の銘 情けは人の為ならず。

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交響曲異譚

19/01/06 コンテスト(テーマ):第164回 時空モノガタリ文学賞 【 着地 】 コメント:2件 三明治 閲覧数:187

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 時は文化5年と申しますので19世紀初頭1808年、処はヨーロッパ音楽の都ウィーンでこと。
後の世になりまして<楽聖>とあがめ奉られますところの、ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン、このとき男盛りの38歳。石造りの安アパートメントの一室で、肖像画で有名な、あの逆立ったモジャモジャ頭を掻きむしりながら、ピアノの前でガマ蛙のごとく脂汗をタラリ、タラ〜リと流し、苦悶の表情を浮かべ何やらブツブツと独り言を申しております。

「ジャジャガーガンガー……違う、ジャジャジャドンドドン……違う、ちがう! 俺の求めている響きはこんなものじゃないのだ。もっと、こう、人の魂をわしづかみにするような、一瞬で音楽のなかに引きずり込むような、そんな導入部を書かなければならぬのに。まったく、最近は耳もすこし聴こえづらくなってきているし、ひょっとすると俺に残された時間は少ないのかもしれない。あぁ、神よ、神よ、どうかわたしにもっと作曲の力をお与えください」
 
 さて、鍵盤を前にして、髪を振り乱しながら一心不乱に神に祈りを捧げる楽聖の鬼気迫る姿。そんな様子を、扉の陰からそっと見ている一人の少年がおりました。彼の名はハンスと申します。隣室の503号室に家政婦の母と二人暮らし。学校が終わると忙しい母を手伝う孝行息子。ベートーヴェンの部屋に夕食を運んできたところなのでございます。

「ルートヴィヒさん、食事をお持ちしました」
 不意に声をかけられ、少々バツの悪いベートーヴェンは上から目線で返事をいたします。
「あ、あぁ、ハンスか。君ぃ、部屋に入るときはノックのひとつもするのが礼儀じゃないかね」
「しましたが、気づいていただけなかったようで……」
「なに、それは私の耳がアレだとでも言いたいのか」
「いえ、そんなことは一言も……」
「まぁいい。食事をテーブルの上に置いて、はやく部屋を出でいってくれ」
「ルートヴィヒさん、朝食も昼食も手つかずなんですね、少しやせられたのでは……仕事に打ち込みすぎると体に毒ですよ」
「気遣ってくれてありがとう、ハンス。だが、今のわたしは食事をとる間もおしいのだ、なんといっても究極の旋律を創りだす使命があるのだからね」
「そうですか、扉の横で聴かせていただきましたが、今作られている曲はとても素晴らしいですね。ただ、あの導入部をチョットだけ直せばと思うのですが……」
「なに、貧乏人の家政婦の息子のお前に音楽の何がわかるんだ!」
「ご、ごめんなさいルートヴィヒさん、余計なことを言ってしまって……。では、さ、さよなら」
 つい、口を滑らせたハンス少年。慌てて部屋から飛び出して行きました。
 楽聖、純真な子供の耳を通して自分がいま苦悩している箇所をズバリと指摘され、悔しいやら情けないやら。食事も喉を通らず、ただただ頭を掻きむしりながら床を転げまわるのでございます。

 あくる日、家政婦ソフィアが504号室に入りますと楽聖、床に寝ております。
「ベートーベンさん、お天道様はとっくに上がりましたよ。部屋の掃除をさせていただきますから起きてくださいな」
「ああ、ソフィアか。昨夜はハンスを怒鳴りつけて悪かったね」
「どうか気になさらないで、それより散歩にでも出かけて気分転換でもされたらいかがです」
「そうしてみるか。ああ、ソフィア、楽譜とピアノには手を触れないように。では、行って来るよ」

 ソフィアの持ってきた朝食のパンをかじりながら、ウィーンの街をブラブラ散歩しております。頭の中は作曲のことでいっぱいでございますので、うっかり馬糞を踏んだりいたします。石畳に汚れた靴底をなすりつけておりますと、子供たちの声が聞こえて参ります。
「ああ、ここはハンスの通う学校の脇か、これは奇遇だな……」

 と突然、頭上から黒い塊がドサリと落ちてまいりました。驚いて飛びのくベートーベンの前に現れたのは、なんとハンスでございます。親譲りの無鉄砲で小さい時から損ばかりしているハンス。昨夜の非礼を詫びようと、居ても立っても居られずに思わず二階から飛び降りたのでございます。
「ルートヴィヒさん、……ぼく……ぼく」
「ジャ、ジャ、ジャ、ジャーン」
「ルートヴィヒさん?」
「やったぞハンス、いま扉が叩かれたのだ」そう叫ぶやいなや、楽聖はハンスを置き去りに駆け出します。

 夕刻、小使いに負ぶさって帰ってきたハンスをみてソフィアは大きな眼をして、
「二階位から飛び降りて腰を抜かす奴があるか」
「この次は抜かさずに飛んで見せます」
 
 さて楽聖、アパートメントに飛んで戻るなり三日三晩、飲まず食わずで一気呵成に書き上げましたのが、皆さまご存じかの有名な交響曲第五番ハ短調<運命>でございます。

 最後までお付き合いいただき有難うございました。
 では一緒に御唱和「ジャジャジャジャーン!」


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このストーリーに関するコメント

19/01/12 雪野 降太

拝読しました。
時空モノガタリさんで講談調の作品を拝見するのは珍しかったので興味深く読ませていただきました。
読ませていただいてありがとうございました。

19/01/12 三明治

コメントを頂きありがとうございました。
2000字に無理矢理つめこんでしまいました。
講談調(なんちゃって講談ですが……)は<語り>を使うとテンポが出しやすいのと、地の文で説明的なことを書いても、読む人も違和感が少ないのではないかと思い取り入れてみました。だからコレあんまり描写部分がないのです(笑)

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