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小峰綾子さん

性別 女性
将来の夢
座右の銘 笑う門には福来る

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遠くへ、飛べ

18/12/25 コンテスト(テーマ):第164回 時空モノガタリ文学賞 【 着地 】 コメント:2件 小峰綾子 閲覧数:92

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「翔馬!飛べ!」
気が付いたら、叫んでいた。着地する先を見つめながら、少しでも、数センチ、数ミリでも遠くに、飛べ。そう祈りながら。

翔馬とは、小学校の市内陸上大会の強化練習で仲良くなった。小学校の中では足が速かった俺たちは校内の代表に選ばれ、放課後の強化練習に参加していたのだ。俺は、短距離とリレー、翔馬は走り幅跳びの選手だった。
「豊、中学校に入ったら陸上部入らねぇ?」
そう言ってきたのは翔馬だった。俺たちは地域の学区内の公立中学にそのまま行く予定だったので、これからも3年は一緒だ。しかも部活も一緒だったら放課後の時間も共にすることができる。
「おお、俺もそうしようと思ってたんだ」

かくして陸上部に入った俺だが、思ったような活躍は全くできなかった。小学校の中でちょっと足が速い、その程度の奴なんて世の中には山ほどいる。そこから実際陸上を始めたときに上に行けるぐらいのやつなんて一握りだ。俺は1年の後半からすでに補欠になり、本番の試合に出る機会はほとんどなくなった。しかし、補欠の役割として任されるタイムの記録や選手たちのジャージを預かったり水分補給のためのドリンクを渡したりなどのサポート業務が結構楽しかった。1年の秋の大会を前に俺は、選手ではなくマネージャーとしてやっていきたい旨を顧問に伝えていた。
一方で翔馬の方は順調に記録を伸ばし、1年にして走り幅跳びのエースになった。

他の部活でもままあることだとは思うが、翔馬は陸上部の中でも強い奴とつるむようになっていた。そこには、できる奴とそれ以外、という圧倒的な線引きがなされている。俺は俺で、陸上部の中でも補欠側、試合にあまり出させてもらえない側のやつらと一緒にいることが多くなった。

「なんだ、落ちこぼれ組か」

いつものメンバーで帰宅中、知った声が聞こえた。振り返ると後ろには陸上部の上層部グループがいた。落ちこぼれだと言われるのは仕方がないが、聞こえよがしに言われるのはむかつく。しかも俺はマネージャーだ。お前らのためにどれだけ裏で動いてると思ってるんだ、そう言ってやりたい気持ちだった。そう思った時に、こちらを見ている翔馬に気づいてしまった。あいつも一緒になって笑っていた。
そうか、あいつもそっち側か。

今となってはおこがましいが、一緒に頑張れると思っていた。お互いに高めあい、時には励ましあい、やっていくんだろうなと。こっちにはあいつほどの才能がなかったのだから仕方がないが、それでも友達でいられると思っていたのに。急に翔馬の存在が遠くに感じられた。

その後、俺は翔馬と距離を置くことになった。向こうから話しかけてくれる日もあったが、俺はそっけなく返した。あの日笑っていた翔馬が忘れられなかったのだ。

3年の市内陸上、県大会に進む人はまだ先があるが、そうでない人たちはこの大会を最後に引退となる、大事な日だった。俺は約2年、マネージャーとしてやってきた。最初は「試合に出られないからってマネージャーかよ」と馬鹿にしていた部員たちも、2年でだいぶ変わった。自分たちが実力を出せるのは、もちろん日々の練習の積み重ねもある、運もある。それだけではなく、家族、友人、それに俺たちサポートメンバーの支え、があってこそという実感があるのか。直接の言葉はないが、俺に対する声かけ、態度が少しずつ分かっていくのを感じていた。

俺が、リレーに出場する選手と走行順を書いた書類を受付に提出している時だった。

丁度、走り幅跳びの受け付けの時間だったのか、翔馬とばったり会った。俺は、つまらない感情が邪魔をして未だに翔馬と距離を取っていた。しかし、いつになく緊張している翔馬を前に無視することはできなかった。
「頑張れよ」
「おう。ありがとう」
たったそれだけの会話だった。

翔馬の順番が来る。自分が走っていく先を、じっと見つめる翔馬。さっきよりも緊張はほぐれているように見える。悪くない。

走り出す。少しづつトップスピードに持っていく。踏切の板が近づいてくる。

オリンピックには魔物が住むという話はよく聞く。でも、小さな市内の大会にだって魔物はいる。この2年間で、ちょっとしたことで実力を出せずに涙を呑む選手たちをたくさん見てきた。
俺は自分の足でフィールドに立つことができなかった。だから、走る、投げる、飛ぶ誰かに俺の願いを託すしかないのだ。

「翔馬!飛べ!」

踏切の瞬間叫んでいた。今までのわだかまり、つまらないプライド、その瞬間は全て吹き飛んでいた。ほんの数センチ、数ミリでもいい。遠くに。誰よりも地道に、時にはスランプに苦しみながらも頑張ってきたあいつに。声は届いたのだろうか、そんなことはどうでもいい。あともう少しだけ、あいつと同じ時を共有したい。

着地の瞬間を、息をのんで見つめていた。


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このストーリーに関するコメント

18/12/29 文月めぐ

拝読いたしました。
とても爽やかな文体とストーリーでした。
最後の一文で緊張感が高まりました。

19/01/05 入戸月づきし

拝読しました。
部活動を通じた中学生らしい成長の描写が魅力的でした。
読ませていただいてありがとうございました。

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