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W・アーム・スープレックスさん

性別 男性
将来の夢
座右の銘 作者はつねにぶっきらぼう

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そいつ

18/12/25 コンテスト(テーマ):第164回 時空モノガタリ文学賞 【 着地 】 コメント:2件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:72

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 暗黒の天空から、そいつはやってきた。
 獰猛という言葉ではまだまだいいつくせないその凶悪きわまりない形相。全身は、あまねく宇宙に存在するおぞましい生き物たちがみな、穏やかにおもえるほどものすごい姿をしていた。
 そいつは、数万年にわたるはげしい飢えを抱えたまま、あてもなく宇宙空間を彷徨していた。
 そいつの記憶にありありとこびりついているのは、一万年前に食べた獲物の味だった。そいつがいまなお生命を保ちつづけていられるのは、皮肉にもその身をさいなむ底なしの飢えを満たすときがかならずくるという、信念につきうごかされていたからにほかならない。
 無限の空間をさまよいつづけていたそいつの食指がそのとき、ビクンとうごいた。
 血の匂いだった。
 そいつの飢えは、はるか数光年さきからたちのぼる獲物の匂いをかぎわけるまでにすさまじいものだった。とはいえさいしょはとても信じられずにそいつは、これは妄想だとじぶんにいいきかせた。これまで数えきれないまでの期待外れをくりかえしたきたことをおもえば、そいつがそんな態度をとるのもむりはなかった。だが、じぶんを形作る細胞のすべてが、その血の匂いにいっせいに涎をながし、気がついたらそいつは、血の匂いにみちびかれる旅にでているじぶんをみいだした。
 ひとつの星に接近するたびに、もしや獲物はいはしまいかと、五感を鋭く研ぎ澄ますことはむろん怠らなかったが、生体反応をかんじさせる星はついぞひとつとしてみあたらなかった。そいつはしかし、もはや絶望することはなかった。じぶんをとらえてはなさない血の匂いはますますつよく、ゆるぎないものになっていた。これだけはなれていてもなお、ここまで強烈なのはきっと、よほどの数の獲物が存在していることになる。ここにきてそいつの欲望はいままた、いっそう烈しく燃えさかった。
 ふいに前方から、なにやら巨大なものが接近してくるのがわかった。星でないことはたしかで、あるいは生き物かと、そいつは期待に胸をふるわした。が、どうやらそれは、機械仕掛けの船のようで、なかにはだれも乗っていないもようだった。そいつは、船がやってきた軌跡をみて、いま感じている匂いがまさしくその方向からただよってくるのをしった。
 獲物はちかくにいる。よろこびのあまりそいつは、全宇宙にとどろきわたるような雄叫びをあげた。
 ようやくその星が、そいつの視覚にはいった。これはまた、なんと色あざやかな星だろう。これまでさまざまな星をみてきたそいつでさえ、おもわず目をみはるまでの星のかがやきだった。もしそいつに美意識があれば、その比類ない美しさに、みとれずにはいられなかったにちがいない。しかし、飢えをみたさんがための欲望一色のそいつに、星をめでる気持ちなどさらさらありはしなかった。
 過去にも似たような星におりたった経験をもつそいつは、そのときにも大量の獲物にありつけたことをおもいだして、おもわず舌なめずりした。あのときはほんとうに、腹が破裂するかとおもえるまでの獲物にありつくことができた。それはいったい、いつのころのことだっただろう……。そいつはすぐに、そんな甘ったるいノスタルジーをかなぐりすてて、もう目と鼻の先にまで迫っている生き物満載の星に意識を集中した。
 いまでは星は、暗黒の中の一点ではなく、とほうもなく巨大な一個の球体となって、宇宙のすべてにその青々とした輝きを放っていた。
 そいつは、ゆっくりと回転して、体のむきをかえた。
 いくら飢えてはいても、頭から星につっこんでいくほど血迷ってはいなかった。星におりたつときは、それ相応の細心の注意が必要だった。数万年のあいだというもの、たえにたえつづけてきたそいつにとって、星におりたつまでの数時間など、ないにも等しいものだった。
 地表から獲物がたてる鼓動のひびきが、どくどくと、生々しいまでにはっきりと伝わってきた。血が呼んでいる。さすがにここまでくると、もうじぶんをおさえつけることができなくなったそいつは、がぜん速度を速めて、もっとも血の匂いがみちみちているうえに、おりていった。
 
 まちなかの公園には、近所から集まった人々が、あたたかな午後の陽射しをのんびりと浴びていた。
「あら、マーちゃん。あなたの額に、なにかがとまっているわ。じっとしてるのよ」
 そういうと母親は、五歳になる娘の額にちかづけた手のさきで、ぴしゃりとたたいた。
「春だというのに、蚊かしら。変ねえ。でもマーちゃん、安心して、まだ血は吸われてないわよ」
 そういって母親が、てのひらをマーちゃんのまえにひろげてみせた。その手のうえに、なにかちっぽけなものがおしつぶされているのがおかしいのかマーちゃんは、公園のベンチのうえで、手足をばたばたさせながら笑い出した。

 


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このストーリーに関するコメント

19/01/05 入戸月づきし

拝読しました。
『そいつ』の渇望と果てしない旅路が丁寧に描かれた作品だと感じました。
読ませていただいてありがとうございました。

19/01/06 W・アーム・スープレックス

コメントありがとうございました。
ラストのオチにつなげるには、それまでの行程を綿密に描く必要をおぼえました。また気がむかれたら、他の作品もお読みください。

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