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黒村聖羅さん

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悪い生き物

18/12/24 コンテスト(テーマ):第163回 時空モノガタリ文学賞 【 504号室 】 コメント:0件 黒村聖羅 閲覧数:191

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 湿った土の臭い。葉に落ちる雨粒の音。その音の割に注いでくる水滴は小さい。雨の日の森の中は不思議だ。足下はぬかるみ、柔らかくなった地面をボロボロのスニーカーの足形に凹ませていた。
 ずっとここにいたい。さっきから膝を抱えた両腕の中に頭を埋めて動かないでいる。ずっとこうしていれば、僕も木になれるだろうか。
 一瞬よぎったその考えを振り払い、罪悪感に苛まれる。そんなことあるわけない。許してくれるわけがない。僕を受け入れてくれるはずがないのだ。
「帰りたくない……」
 馬鹿みたいに独り言をこぼす。大体帰るって、僕には帰る場所がない。あの部屋は僕の場所じゃない。記憶のない昔に、僕が奪ってしまったんだ。大切なあの人たちの、大切なものを。
 許されるわけがない。僕は人間じゃない。悪魔のようで、人間じゃない何かだと、そう教えてくれた。
 ずっとここにいても怒られてしまう。靴は汚れてしまったし、服もびしゃびしゃだし。絶対に怒られてしまう。
 何もなくたって怒られてしまうのだから、今日は絶対に怒られてしまう。
 何もなくたって僕は悪いから。存在していることがいけないから。だから、なんとかしなくちゃ。

 立ち上がると軽く目眩がした。数時間ぶりに体を動かした。森から出たら硬いコンクリートの感触が懐かしい。その代わりに容赦ない雨粒の大群に襲われる。濡れるのは仕方がない。僕は傘を持っていないのだから。でも、そんないいわけは許されない。

 僕が置かせてもらっているあの場所へ行くには、途中コンクリートでできた橋を渡る。その下には川が流れている。今日は水嵩が増している。
 ーー僕は、存在していることが、いけないこと。だから、なんとかしなくちゃ。帰りたくない。飛び降りれば、楽になれるかも。別のどこかにいけるかも。僕がいかなきゃいけない場所に、いけるかも。
 僕は、あの人たちの大切なものを奪ってしまったらしい。一度奪えたのだから、次も奪えるはずだ。今度は僕を、奪えばいい。やり方を覚えていないのが残念だけど、以前は成功したのだから。

 ーー三十分経っていた。ずっと立っていた。
 雨みたいな、涙が流れた。どうして、どうして怖いと思うのだろう。あの場所にいるより怖いことなんか、ないはずなのに。僕が存在していること以上に怖いことなんか、ないはずなのに。
 多分、これも罰なんだ。だって僕、自分が楽になりたいから、ここから飛び降りたいと思った。僕はやっぱりダメだ。自分のために、そう思っていた。やっぱり、悪い生き物だ。

 ーーマンションの下までやってきた。もうすっかり日が落ちている。あの人たちはもうとっくに帰ってきているだろう。
 怒った顔が目に浮かぶ。でも、あの人たちが怒っている時、同時に嬉しそうなんだ。なんだか、顔が歪んで見える。
 たぶん、あの人たちは正義なんだ。悪を許さないから。悪を懲らしめられたら、その分嬉しくもなるはずだ。歪んで見えるのは、僕がそもそも間違いだからだ。

 五階まで、階段を使ってゆっくり上る。エレベーターは使わない。僕がエレベーターを使うと、他の人たちが嫌そうにする。僕を絶対見ないようにしている。迷惑だから、僕は。だから、少しでも迷惑をかけないようにしないと。
 いや、違うな。これから起こることを、少しでも遅らせようとしているんだ。やっぱり自分のため。僕は悪い生き物だ。

 最後の階段を登り終わると、もったいぶるみたいに、一つ一つ、扉を数えながら、その前を通過していく。
 一……二……三…………四。
 五○四号室。冷たい扉だ。僕を拒んでいるみたいだ。だって僕の場所がない。僕が奪ったんだ。遠い昔に。
 ーー悠人くんは、一体どんな子だったのだろう。絶対に僕と正反対の、とっても良い子だったのだろう。
 遠い昔、僕が殺してしまったらしい。覚えてないけれど、あの人たちが言うのだから、そうなのだろう。覚えていないことだって、本当に悪だ。そして僕は、悠人くんの代わりに、悠人でいる。気持ち悪い、恐ろしい存在として、悠人をやっている。
 少しだけ深呼吸して、氷のようなドアノブに手をかけたーーーー。


「五○四号室ってちょっと変じゃない?」
「神崎さんの家族よね。確か、まだ小さい小学生の男の子がいる……」
「悠人くんよ。あそこの部屋、いっつも言い争うような声が聞こえて、何かが割れるような音とか、何かを打ち付けるような鈍い音もして」
「え、虐待?」
「でも子供の泣き声は全く聞こえないのよ。夫婦もいつもとっても仲が良くて。むしろ、悠人くんの方がなんか気持ち悪いのよね」
「ちょっと暗いわよね、あの子」
「あんまり見たくないっていうか、なんか不気味なのよね」
「もう他人の家のことなんか放っておきましょ。触らぬ神に祟りなしよ」


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