森音藍斗さん

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18/12/24 コンテスト(テーマ):第163回 時空モノガタリ文学賞 【 504号室 】 コメント:0件 森音藍斗 閲覧数:133

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 インターホンが鳴った。505号室の奴だろう。月末だし、回覧板を届けに来たんじゃないだろうか。ちょうどいい。聞きたいことがある。
 最近、奴にカノジョができたらしい。毎晩ちょうど今頃、言うなれば風呂の時間帯に、隣から女の歌声が聞こえてくるのだ。かなり上手いから文句はないが、しかし、独り身の愚痴を肴にジョッキを交わした仲だ、報告ぐらいしろよ、水臭い。
 あの歌声の持ち主がどんな顔をしているのか興味もある。
「ほいほーい」
 返事をしながら腰を浮かす。
「回覧板でーす」
「今開けるー」
 ドア越しに会話を交わし、錠を外す。古いアパートだ。緑色のファイルを差し出し隣人が言った。
「次の月曜日、定期点検で停電ですって」
「ふーん、分かった」
「ところで、お宅に最近来てるのって、カノジョさんです?」
 唐突な話に面喰う。
 カノジョどころか家に上げる女友達さえいない。
「何の話だ?」
「とぼけないでくださいよ、夜よくお風呂で歌ってる――あ、別に聞き耳立ててるわけじゃないんですよ」
「待て待て待て」
 彼を手で制する。
「お前こそカノジョ毎晩連れ込んでるじゃないか、聞こえてるぜ」
「いや、確かに503号室のほうから女の声が」
「505号室のほうから歌声が」
 俺らは顔を見合わせた。
 うちのアパートには下一桁が4の号室がない。そしてここは5階、流石に外の道路の声と間違える高さではなかった。
 歌声が聞こえてくる。俺の部屋、503号室では東から。お隣の部屋にふたりで移動する。505号室では西から。
 何度も互いの部屋を行き来してそれを確かめ疲れ果てた俺らは、503号室に留まって独り身二人でジョッキを交わし、どちらがこの声の持ち主を射止めるかで大いに揉めたのち、もっと実際的な結論に至った。
 家賃の値下げ交渉である。



「おはようございまーす。503号室のものでーす」
「505号室のものです。大家さんいらっしゃいますか」
 101号室の戸を叩くと、出てきたのは奥さんだった。いつもにこやかなおばさん、ただし家賃滞納には厳しく、俺なんか完全に目を付けられていて期日の一週間前からリマインドが来る。
「はいはい、何でしょ」
「聞いてないですよ、奥さん」
 隣人は台本通りの台詞を吐く。
「うちのアパートが訳アリだなんて、ねえ?」
「本当ですよ、気になって夜も眠れねえ」
「毎晩、女の歌声がするなんて」
「契約と違います」
 奥さんは怪訝な顔をする。
「それは一回確かめさせてもらわなあかんねえ」



 インターホンが鳴った。505号室の隣人はここにいるから彼ではない。ドアを開けると、夜の廊下に奥さんが一人立っていた。
「いらっしゃい、ちょうどもうすぐですよ、いつも歌声が聞こえてくるのは」
 しばらくすると、いつものように美しい歌声が壁越しに聞こえてくる。顔を顰める奥さんの背後で、俺と隣人はほくそ笑む。俺の家の東から、隣の家の西から、行き来して確かめたあと、奥さんは再度廊下に出て、俺らの部屋の境に向かって大声を張り上げた。
「ちょっとそこのあんた!」
 歌声がぱたりと止んだ。
「困るよ勝手に住んでもらっちゃ。こっちも食ってかなきゃならないんでね」
 沈黙、それからおもむろに、いつもの歌声が、
「どうしたらいいですか……」
 奥さんは腰に手を当てる。
「504号室使うなら、家賃五万円、共益費五千円、毎月うちに払うこと」
 それからくるりと俺らに向き直る。
「家賃をきっちり入れるって言うなら彼女はうちの住人だね。訳アリも何にもないよ。お隣さん同士、仲良くしてやんな。それから、あなたたちも来週中に家賃だからね」
 俺らが何も言えないうちに、奥さんは帰っていく。
「あの……私の声、そんなに聞こえてましたか」
 夜の廊下に残されたのは、恥ずかしがっても相変わらず美しい504号室の声と、呆けた二人の独り身男だけだった。


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