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冬垣ひなたさん

時空モノガタリで活動を始め、お陰さまで5年目に入りました。今まで以上に良い作品が書けるよう頑張りたいと思いますので、これからもよろしくお願いします。エブリスタでも活動中。ツイッター:@fuyugaki_hinata プロフィール画像:糸白澪子さま作

性別 女性
将来の夢 いつまでも小説が書けるように、健康でいたいです。
座右の銘 雄弁は銀、沈黙は金

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おとぎの森

18/12/24 コンテスト(テーマ):第163回 時空モノガタリ文学賞 【 504号室 】 コメント:2件 冬垣ひなた 閲覧数:261

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 夜は嫌い、でも。
 ママを待って、一人ぼっちでうずくまるのはもっと嫌い。そんな時は久志おじさんのいる504号室を思い出す。
 窓の外の遊園地は、可愛いピンクや緑や青のイルミネーションで彩られる。周囲に立ち並ぶ家が木々のように漆黒を作っていて、暗い影に沈む観覧車は、おとぎの国の森のような光と闇の魔法を従えていた。
 まるで大きな糸車だ。あの牢獄で心に針を刺し苛まれる人の優しさを、美羽は想う。彼の罪を紡ぐ糸車が、永久に回り続けるのだとしても。


 高台にあるマンションへ行く日は、ママはいつもよりお化粧が薄くて楽しそうだ。
 美羽の家にはパパがいない。夜の店の客だという男を、ママが家に連れてきたことは何度かあった。けれど、二人を自宅にまで招いたのは久志が初めてだった。
 ママは時折美羽を連れていき、久志の家で夕食を作って団欒する。ママはここぞとばかり10歳になる娘の活躍をアピールするので、美羽も有頂天になる。彼は目を細めてケーキのご褒美を用意していて、幼い少女はたちまちに夢見心地になるのだった。
 久志は家庭的でまめな男だった。一人暮らしも板についていたが、そこはかとなく孤独を背負う寂しさが垣間見えていた。彼はママに優しいし、美羽の事も可愛がってくれる。知り合って半年経つ頃には、すっかり打ち解けて家族に見える位親しくなっていた。

 504号室の、もう一つ素敵な所は街が一望できるところだった。
 美羽たちの家からでは見えない、大好きな遊園地がベランダの向こうに広がっている。街で一番高い観覧車の天辺までよく見えた。
 夕食のキムチ鍋をママが準備している間、美羽はベランダに出た。冷たい冬の風が吹き抜ける中、鈍色の空に赤い観覧車の色が美しく映えていて、ゆっくり回転している。
 3人で遊園地へ遊びに行けたらどんなに楽しいだろう。美羽は久志の子供になったつもりで、うっとりとした。ベランダに出てきた久志が、小さな美羽の隣に並んだので、思い切って聞いてみることにした。
「わたしどの位がんばったら、この家の子になれるかな?平日もお手伝いしに来たって構わないよ」
 久志はなぜか考え込むように黙って、しばらく答えなかった。大きく息を呼吸してベランダの手すりにもたれ、彼は観覧車を見つめている。
「駄目だよ。おじさんには、幸せになる資格がない」
「どうして?ママは、4という数字は縁起でもないというけれど、この504号室には『しあわせ』が詰まっているって言ってたよ」
 久志は嬉しさとも悲しさともつかぬ複雑な表情をして、美羽の肩をそっと抱いた。大きな手は温かくて、本当に美羽のパパのようだった。
「おじさんは昔、大切な人を許すことができなかった。今もその罰を受けているんだ」
「わかるよ。ママもたまにわたしの手をつねるから、その時は嫌いかな。でもママもわたしを学校に行かせたり、仕事でお酒飲んだり大変だから、ケンカしないでゆるすことにしてる」
「……お前は偉いな。俺よりずっと」
 広い空と地上の間を、鳩の群れが横切った。久志は、大切な人とあの観覧車に乗ったことがあるのかもしれない。彼の優しかった面差しは、それ以上は聞いてはいけないような、辛く苦しい表情に変わっていた。
 だから久志に聞いたことは、ママには内緒にした。
 美羽はずっと、おとぎの森の魔法にかかっていたかった。
 けれど大人はすぐに魔法が解けると知ったのは、それからしばらくしてからだった。
 

 ある日、ママが号泣しながら家に帰ってきたので、美羽はびっくりした。ひどくアルコールの匂いがする。
「あの男には、すっかり騙されたよ! 久志の奴、ろくでもない男だった」
 急におじさんの名前が出たので、水の入ったコップを持つ美羽の手が大きく震えた。
「よくよく噂を聞けばさ、あいつムショ帰りだって……」
 そのコップをひったくり、ママは水を一気に飲み干した。
「家庭内暴力を振るう弟を止めるつもりで殴ったら死んだって、酷い話じゃないの。そんな人殺しと一緒に暮らすなんて、美羽がかわいそうよ!」
 ママは泣きながら怒って、また泣いた。好きだったのにと叫びながら。
 美羽は誰よりもパパになってほしかった久志との日々を思いだし、もう二度と会うことはないんだと直感した。
 瞼の裏側では、観覧車の佇むおとぎの森が今も幸せな残像を作っている。消えない思い出の温かさが、涙に変わってぼろぼろと零れ落ちる。

 504号室の『しあわせ』は、観覧車の天辺で宙吊りになったゴンドラのように、犯した罪に苛まれる彼を、いつまでも閉じ込めていることだろう。
 あれから美羽は一人で、何度かマンションの下まで訪れた。
 久志に伝えたいことはたくさんあったはずなのに。
 美羽の小さな足は、茨が絡みついたように、それ以上は竦んで動けなくなっていた。


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このストーリーに関するコメント

18/12/30 霜月秋旻

冬垣ひなた様、拝読しました。
元犯罪者のレッテルだけで、その人柄を全否定されてしまう久志さんの気持ちを考えるとつらいです。美羽ちゃんのように誰か想ってくれる人がいるだけでも救われますね。彼はこれからも、罪を背負って生きていくのでしょう。いつか彼が自分を許せる日が来ることを願います。印象に残るお話でした。

19/01/05 冬垣ひなた

霜月秋介さん、お読みいただきありがとうございます。

最近、罪を犯した人の更生の場を知る機会がありました。報道にあるような凶悪な人間でなく、実際には普通のいい人たちだと知りえたときに、色々考えたもありこの小説を書きました。戻れない道をどう進むか、登場人物がそれぞれ考えていくのかもしれません。印象に残るといっていただき感謝します。

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