1. トップページ
  2. 不思議の部屋のアリス

田辺 ふみさん

性別 女性
将来の夢
座右の銘

投稿済みの作品

1

不思議の部屋のアリス

18/12/22 コンテスト(テーマ):第163回 時空モノガタリ文学賞 【 504号室 】 コメント:4件 田辺 ふみ 閲覧数:253

時空モノガタリからの選評

虐待を受けている幼女の現実を、主人公の少女が童話というフィルターを通して見ているところがユニークでした。双方がリンクしつつも独立しており虐待された少女への過剰な感情移入がない分、かえって現実が明確に浮かびあがってくるようでした。読後感もサラリとしていて良かったです。

時空モノガタリK

この作品を評価する

 ママはイライラしている。
 原因は上の家の騒音だ。
 今は静かだけど、夜になると、何だかうるさい。音楽に笑い声。ドンドン響いて、振動もある。
 パパに抗議に行ってもらおうとしたんだけど、ご近所さんとけんかしたくないって言ったものだから、余計にママは怒っている。
「管理組合も役に立たないし」
 エレベーターのところに『夜間の騒音は迷惑です。気をつけましょう』という張り紙は貼ってくれたけど、わたし以外に読んでる人いるのかな?
「もう、ママが文句を言いに行ったら?」
 そう言うと、ママはギッとわたしをにらんだ。
「とんでもない。あんな音をたてるなんて、変な人に決まってるじゃない。そんな危険なことできるわけないでしょ」
 パパは危険でもいいんだと言おうと思ったけど、やめておいた。ママのイライラを増やしても、わたしの叱られる確率が高くなるだけだ。もともと、冬休みに入って、わたしが家にいるだけでもママは面倒臭いみたいだ。
 学校の自習室に行ってくると、嘘をついて、わたしは家を出た。
 出ても、遊びにいくわけじゃない。
 上の家の偵察だ。
「本当にどんな人が住んでるのか、顔が見てみたいわ」
 そう、ママは言っていたけど、わたしもどんな人が住んでいるのか、見てみたい。
 静かに階段を上った。
 昼間は留守の人が多いのか、五階は静かで思わず、忍び足になってしまう。
 上の部屋、504号室には花柄の表札がかかっていたけど、ぐるんぐるんとした文字で書かれていて、何という名前かはわからなかった。
 廊下側の窓にはレースのカーテンがかかっていたけど、その奥にはダンボールのようなものが置かれている。
 窓ガラスに耳をくっつけてみても、何も聞こえない。誰も住んでいないわけはないよね。夜はうるさいんだから。
 留守なら、これ以上、さぐっても、誰にも会えないし、本当に学校の自習室に行こうかな。
 そう思ったときに泣き声が聞こえた。
 窓からじゃない。
 小さな声だけど、聞こえた。
 声を追っていくと、壁の上の方に丸い金属の輪があるところから聞こえていた。換気口だ。
 背伸びをして、耳を近づけると、はっきりと泣き声なのがわかった。
 学校へ行くふりをするために持ってきたノートを丸めて筒にして、換気口に向かってしゃべった。
「何を泣いているんですか?」
 たずねたら、すぐに今度はノートの筒を耳にあてる。
「部屋から出られないの」
 小さな声が返ってきた。女の子の声。
「なぜ?」
「大きくなりすぎたから。だから、もう、食べちゃいけないんだって」
 大きくなったから、部屋から出られないって。
 アリスだ!
 この間、読んだ『不思議の国のアリス』の話だ。
 ケーキを食べて大きくなったから、部屋につっかえちゃったんだ。だから、部屋から出られないんだ。
「涙の池はできた?」
「池?」
「そのくらい泣かないと、次のお話にならないよ」
「わかんない。何を言ってるの?」
「池を作らなくちゃダメ」
 涙の池ができた後にアリスはまた小さくなるんだから。
「わかんない。助けて」
「大丈夫。池を作るんだよ」
 そう言ってから、女の子の声は聞こえなくなった。泣き声も聞こえない。
 しばらく待っていたけど、背伸びがしんどくなったので、家に帰ることにした。

 その日の晩のことだった。
 ご飯の後だったから、まあ、よかったんだけど、天井から水がポタポタ落ちてきた。
 アリスが涙で池を作ったんだ!
 わたしは喜んだんだけど、ママはすごく怒って、パパも今度こそは504号室に苦情を言いに行った。
 誰も出てこなかったので、結局、マンションの管理会社に連絡して、ドアを開けることになった。
 そしたらね、誰もいないんじゃなくて、やっぱり、女の子がいたんだって。
 アリスじゃなくて、普通の女の子。
 水道を開けっ放しにしたせいで水漏れしたらしい。アリスじゃないから、涙で池を作ることができなくても仕方ないよね。
 でも、わたしの言った通り、次のお話になったみたい。
 女の子のパパとママは悪者だったんで、捕まったって。そして、女の子はおじいちゃんとおばあちゃんの家に行ったらしい。
 上の部屋は空き家になったから、もう、晩は静かになった。
 でも、天井にシミができちゃったから、まだ、ママはイライラしている。


コメント・評価を投稿する

コメントの投稿するにはログインしてください。
コメントを入力してください。

このストーリーに関するコメント

19/01/02 イト=サム・キニー

拝読しました。
面白かったです。主人公の語り口のテンポが好みでした。どこか冷めた物の考え方をしているので、初めは高校生くらいかと思っていたのですがもっと幼いのかもしれません。『ぐるんぐるんとした文字』という文字がどのようなものか空想が膨らみます。
読ませていただいてありがとうございました。

19/01/03 田辺 ふみ

すみもてわたるさん、読んでいただき、ありがとうございます。
主人公の年齢は決めてはいないのですが、高校生よりもっと下、こまっしゃくれた子供をイメージしました。

19/01/29 滝沢朱音

入賞おめでとうございます!
アリスの「涙の池」とからませ、水漏れ発覚からの解決。あざやかなアイデアだと思いました。
「わたしの言った通り、次のお話になったみたい。」の一文&さらりとしたラストで冒頭に戻るところ、
余韻があってとても素敵。面白かったです!

19/01/29 田辺 ふみ

滝沢朱音さん、ありがとうございます。
面白いと言っていただくと、励みになります。

ログイン