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村沢走さん

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性別 男性
将来の夢 恐竜になる事
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504号室を抜けて

18/12/21 コンテスト(テーマ):第163回 時空モノガタリ文学賞 【 504号室 】 コメント:2件 村沢走 閲覧数:89

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 冬扇夏炉に、私は決別した。
 彼との出会いは運命的だった。
 其んな彼との破局は、私の運命を変えた。
 三徳包丁を握り締め、私は台所に立つ。
 台所に突っ立った儘、恨み節の一つでも、と、嘯く。
 大場湊は良い男だった。
 別れ際には此方を気遣ってくれたし、何より私に取っては彼こそが掛け替えのない存在だった。
「悠子はさ……強過ぎるんだよ……俺なんか居なくても、上手く遣って行けると思う……」。彼の新しい彼女が羨ましい。きっと二人は私なんか居なくたって上手く遣って行けるだろう……。私は、台所に突っ立った儘、大根の切れ端を用意する。何かの料理番組で見たが、雲壌月鼈である。彼女と私とでは。
 新陽時代というのが、私の古くからの友人の名前であった。大場湊の新しい彼女の名前は、其の新陽時代だった。斯うして突っ立っていると、殺人犯の気持ちが良く分かる。イドラの末尾は此方の煩雑さを助長する。
 パテ・クルートを作る予定だった。彼の誕生日には。詰まりは今日は。フランス料理を買って出る予定であった。斯うしてみると、自己の中での彼の存在が、大きくなる。
 サイレント・トリートメントじゃ、あるまいし……と、私は彼を忘れる事にした。

 十二月も中頃を過ぎると、笑えない季節が遣って来る。今年は私は独り身かあ……なんて、妙に不分別な、予見が零れる。
 大体失礼な話である。女はクリスマスを過ぎると、なんて、物品扱いも良い所だ。
 私は、三徳包丁で菜っ葉を刻むと、其の足でリビングへと扉を開けた。
 クリスマスの飾り付けはもう疾っくに済んでいて、大場湊が喜びそうなスケッチも用意した。只漠然と、良い女で居なくちゃ……と、私は思っていた。
 矛盾撞着に、御玉を振るう。ビオレ・ソリエスなんて、滅多に手に入らないフルーツも用意した。レードルの内では、カタプラーナが出来上がっていた。十二月二十四日の午前中。私は私である事が、嫌になってしまっていた。
 新聞配達の御兄さんを迎えた後、其の勧誘記事を繰り抜いて、部屋の装飾に廻す。タレスに因れば、万物の根源は水であるという。アンガージュマンが必要ならば、正に今が其れであると、言えた。
 枯淡虚静に、包丁を振るう。先程から、ずっと遣っている、料理が終わらない。来る日も来る日も遣っているのに、一向に終わる気配を、見せない。大場湊という人は、詰まりはそういう人間であったのだ。私は、私の内で、彼を忘却しようと、努めた。アクィナスやウォラストンが聞いたら、鼻で笑うだろうか、なんて考えもした。彼の言辞は常に紳士的で、私の友人を妻とするなんて、想像も出来なかった。ナニー・ステイトに生まれてしまった自らを恥じる。私は、私の思う所の、すっぽんである。先に述べた新陽時代との差は、日に日に深まっていく。ツーウェイ・ストーヴの上で、最後の料理が完成する。彼の電話が掛かって来たのは、其の直後であった。
 窮途末路に古樹生華の気。私の心臓は早鐘を打って、其れで、急いでエプロンを外した。彼が、彼が戻って来る。一瞬、希望的観測に、四肢が強張る。終わらなかった料理が、新陽時代の頭上を超える。私は「も……もしもし……」と、スマホを取り、親友の第一声を耳にした。

「湊君がっ!! 湊君がっ!!」。
 新陽時代は、慌てた様な口調で声を大にした。
 彼女の口弁に因れば、億劫にも元彼氏は倒れたという。私は「だから?」と、返し、自家撞着に自己撞着した。
「ふうん。で。私に如何しろと……? 知っての通り、私は自由の身よ……。此処で貴女を、いえ、貴女達を助ける道理なんて、無いわ。聞いて。時代。私はね。私は、本当に苦しかった。苦し過ぎて、何度も何度も自殺を図った。夜半に矛盾した事を言う様だけどもね。明けない夜は、無いの」貴女達なら、きっと助かるわ。そう言い残して、断絶ボタンを押した。只、接続ボタンを切った、と、言った方が、良かったかも、知れない。

「湊君。湊君」。
 私は、私である所の、クリスマスの用意を始めた。新しい今日が誕生日。私の、私に因る、私の為の、誕生日。私は、レードルを置いて、マフラーを外し、斯うして、自転車を漕いでいる。早鐘を打っていた心臓は、今では落ち着きを取り戻していて、冷静になり過ぎていた自らが恨めしい。新陽時代の手前、私は私である事を、捨て切れなかった。完全に間抜けな話だが、斯うして自転車を漕いでいると、分かり切った様に朝日が上る。私は、何て偏屈な女なんだろう。と、一旦冷静さを取り戻す。新陽時代は何をしているだろうか。私を、此方を、恨んでいるだろうか。まあ好いや、と、私は自転車を漕ぐ。只々身を切る夜風と格闘し乍ら、病院の在る方へと、目的を目指した。504号室の呪縛は、もう解けていた。


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このストーリーに関するコメント

18/12/23 イト=サム・キニー

拝読しました。
『504号室の呪縛は、もう解けていた』とありますが、何が呪縛だったのでしょうか。
改めて読ませていただいてありがとうございます。

18/12/23 村沢走

すみもてわたる様。再コメント有り難う御座います。主人公に取って504号室は、思い出の地でした。料理に終始する姿で彼との思い出を表現した心算です。其処からの脱却、イコール呪縛と取って頂けると幸いです。

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